第49話 火中の國の守り人たち
葉桜丸は笑いの混じった声を零しながら、桜の大樹の前に歩み寄ると、そこに六火の錫杖を強く突き立てた。
怨霊を大地に引き戻そうと、吹き荒ぶ雨風は強まるばかり。そんな中であろうとも、葉桜丸は錫杖を両手で強く握りしめ、地面を踏ん張った。
六火の錫杖と桜の大樹が共鳴するように淡く光り輝き、大地には巨大な青い桜紋様の結界陣が現れ、封印術が火中の杜全体へと展開されてゆく。
千生実が消え去って蹲っていた結人は、大嵐にあおられながらも立ち上がり、ゆっくりと葉桜丸の隣まで歩き出した。
近寄ってくる結人に、葉桜丸が大きく声を張る。
「離れておれ、結人——此度は私が人柱と成り。人も鬼も問わず、遍く怨霊たちを完全に鎮め封じる」
そんな葉桜丸の言葉も聞かず、結人は葉桜丸のすぐ隣に立って、錫杖のそばに大鎌を突き立てると、錫杖と共に柄を強く握り込んだ。
「聞かせてください、葉桜丸——どうしてあなたは、人柱にまで成ろうとして。縁もゆかりもないこの九魔の地を守ろうとしてくれるのですか?」
「……」
葉桜丸は一度口を噤むと、深く息を吐き出して、結人に目を向けぬまま語った。
「この地が滅べば。お前は泣くだろう。苦しかろう」
葉桜丸が己の心を言葉とするのと共に、錫杖を握る手の力が、より一層込められてゆく。
「私は、結人の笑い顔をもっと見たい。ゆえに、たとえこの肉体が人間やら怨霊やらによって
葉桜丸の紡ぐ力強い言葉の数々に、結人は思いがけず息をも止めて、葉桜丸を見上げる。
濡れた黒髪から微かに覗く、葉桜丸の黒白目の中にある灰と青が混じった美しい瞳が、結人を真っ直ぐにとらえた。
「八百年の時を経て。この地を守る理由が、ようやくできた——それがお前だ。結人」
「……僕、が……?」
結人は大きく目を瞠ると、小さく呟く。葉桜丸は大きく頷いた。
「ああ。それに、お前には次の春。鬼火桜を見せてやる約束をしておっただろう。私は、約束を必ず守る鬼だ。この身が亡びようとも、私の朽ちた血肉が灰と成り。次の春、必ず鬼火桜を咲かせよう。ゆえに……」
「違う。それは、約束が違う」
結人は葉桜丸の声を遮って、何度も首を横に振って見せた。
「一緒に見るんでしょう。鬼火桜を——あなたと、僕の二人で!」
結人は大きく声を張って、葉桜丸を強い視線で見上げる。
「あなたを人柱には絶対にさせない。それに、あなたは僕の
葉桜丸が弾かれたように結人を振り向くと、目を剝いて怒鳴った。
「戯け! 依代と成ればこの地に永劫に縛られるだけでなく、下手をすれば魂と心を怨霊たちの呪いに蝕まれるやもしれぬのだぞ! 本物の夜叉と成りたいのか!?」
結人は怒る葉桜丸を気にもせず、不敵に笑って見せた。
「それなら共に、この地で生きていこう。心と魂に呪いを受けようと、本物の夜叉と成っても。僕は葉桜丸となら、呪いを喰らってでも果てまで生きていける」
「! ……お前は本当に、なにゆえそうも馬鹿げたことを堂々と……」
葉桜丸は心底呆れたように、深い溜め息を吐き出し、しばらく黙り込んで思考に耽っているようだった。
しかし、すぐに小さく頭を振って、吹っ切れたように結人へと流し目で視線を寄越すと、鬼の牙を見せて笑った。
「まったく……仕様のない奴だ。ならば、今しばらく。生きて私と共に在れ、結人」
また初めて見た葉桜丸の笑い顔に、結人は思わず笑みを零して頷き返す。
「うん。ありがとう、葉桜丸……!」
「なれば、こちらへ参れ」
葉桜丸は結人の肩を引き寄せ、結人を背後から包み込むように片腕で抱きすくめると、結人と同じように錫杖と共に大鎌の柄を強く握りしめた。
「この九魔の地に眠れる産土神を
「わかりました」
葉桜丸の指示に力強く頷く結人。葉桜丸もそれに頷き返してくると、大きく声を張って呪文を唱え始めた。
「天照す血潮流るる三つ火の緒よ。
六火の錫杖を中心に展開されていた、火中の杜を覆う、青い桜の紋様を模った封印術の陣が更に青い光を迸らせ、輝いた。
併せて結人は、葉桜丸と自分の言霊が広く伝わるように、大鎌に霊力を込めて鎌鼬の風の異能を最大限に引き出す。大鎌からは、緑色の光を纏った風が吹き上がった。
「
葉桜丸が結人に視線を投げかけ、問うてくる。
結人は息を呑んで、葉桜丸に真っ直ぐ視線を返しながら頷いた。
「契ります」
「心得た」
すると、六火の錫杖が「どくん!」と大きく鳴動し、結人の瞳と同じ色をした、目が覚めるような真紅の光を
葉桜丸が言霊を唱える。
「鬼の大将に仕えし、
結人は自然と、葉桜丸の次に相応しい言霊を連ねていた。
「栄えと華の
最後に結人と葉桜丸、二人の言霊が、ぴったりと重なって響き渡る。
「大いなる英霊たちよ。天照す血潮流るる三つ火の緒のもと。その怨みと怒りを忘れ、この産土にて鎮まり給え。安らぎ給え」
錫杖と大鎌の柄を握る結人の細い手の上に、葉桜丸の大きな手が重ねられた。
同時に二人は、大鎌と錫杖を振り上げ、再び大地へと力強く突き立てる。大地と大気が、どくりと波紋を広げて波打った。
「我ら産土の守り人が、猛き汝らを果ての時、三千世界まで語り継ごうぞ!」
結人と葉桜丸の言霊に呼応し、六火の錫杖と大鎌から真紅と翠緑の光が噴水の如く、天を貫くほどに高く溢れ出す。
光は空を覆っていた分厚い黒雲を吹き飛ばし、青空へと晴れ渡らせ、大地をも覆ってゆく。大嵐は火中の杜の丘を中心に、みるみるうちに晴れてゆき、大地を汚していた瘴気は泡沫となって弾けて浄化されていった。
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