第47話 君たちを守る

「結人さん!」


 結人を呼ぶ声に、結人と千生実は揃って声が聞こえた方を振り向く。

 そこには、真っ赤な合羽を頭から身に纏った珠鶴と、彼女に寄り添うように立つ梔子の姿があった。

 結人が自宅を出る前に梔子に頼んだことは、珠鶴を火中の杜の前まで連れてきて欲しいというものだった。


 珠鶴は千生実を前にして、今にも泣き出しそうに顔を歪めると、千生実に向かって駆け出す。


「お父さん!」


 珠鶴が、千生実の腰へと抱き着く。千生実は珠鶴の「お父さん」という声に大きく目を瞠って、結人に視線を向けてくる。


「俺、が……おとう、さん……?」

「……珠鶴は、忽那家当主源三さまの末娘にあたるご息女が、密かに実美さまに頼み込んで引き取られた養子だそうです。源三さまのご息女は病気を患って、子を持つことが出来ない身体となってしまったらしく。当時ご息女と懇意にされていて、そのことを相談されていた実美さまが、鎮魂の神具の費用と引き換えに養子を持たないかと提案されたと。手記に記されてありました」

「……」


 千生実が信じられないという様子で瞳を揺らすと、絶句したまま、自分の腰に抱き着いている珠鶴を見下ろす。珠鶴も千生実を見上げると、涙声で語った。


「わたしの名付け親も、実美さまだったのです! わたしのこの額の痣が、鶴のように美しいと仰って……『珠鶴』と!」


 珠鶴が被った合羽のフードを脱ぎ、前髪を掻き上げて額の痣を露わにする。

 それを目にした千生実の目からは、雨にも負けぬほど大きな水滴がいくつも溢れ出した。


「その、痣……間違いない。俺の、娘……ああ。そうだったのか、珠鶴……!」


 ついに、千生実は珠鶴が自分の娘なのだと確信したようだった。

 千生実はその場に跪いて、珠鶴と抱き合う。抱き合った二人は、共にぼろぼろと泣いていた。


「すまない、珠鶴。本当にすまなかった……!」

「いいのです、お父さん。わたしずっと、お父さんに会いたかったから……! こうして会えただけでも、私は本当に嬉しいのです」


 不意に、抱き合っている二人の背後。火中の杜に繋がる鳥居から、何体もの怨霊が飛び出してきた。

 二人の前に結人が飛び出すと、鎌鼬の風を以て怨霊の数体を跳ね除け、後方からは梔子が硬化した髪を操って残りの怨霊たちを追い払う。

 結人は小さく息を吐くと、眉根を寄せた。


「怨霊の気配が増えてきましたね……このままでは、葉桜丸の身が持たない。急がないと」


 結人は千生実を振り返る。すると、千生実は立ち上がって結人の目の前まで歩いてきた。


「千生実。改めて、お願いします。六火の錫杖を返してください」

「……わかった」


 千生実が頷くと、千生実の片手に光の束が集結して、錫杖が顕現する。千生実が差し出してきた錫杖を結人は受け取って、小さく笑みを浮かべた。


「ありがとう。それでは、千生実は珠鶴と一緒に安全な場所まで避難していてください」

「いいや。俺も先輩と一緒に行くよ」


 千生実は首を横に振ると、泣き腫らした目を細めながら眉を下げた。


「怨霊を目覚めさせた責任は、ちゃんと取らなきゃいけない。そうだろ?」

「……」


 千生実の瞳は、もう揺らがない。覚悟が決まっている強い眼差しだった。

 結人はその眼差しを受けて、唇を嚙みしめたまま一度目を伏せるが、すぐに千生実を見上げて頷く。そして、そのまま視線を千生実の背後にいる珠鶴へと移して、千生実を促した。

 千生実も結人に頷き返して、珠鶴を振り向くと、身体を屈めて再び珠鶴を強く抱きしめる。珠鶴は千生実の胸に顔を埋めて、か細い声で尋ねた。


「もう、行ってしまうのですか……お父さん」

「ああ。俺は、間違いを犯した。その罪を償わなきゃいけない……珠鶴の父親失格だな」

「どんなに間違っても。お父さんは、わたしのお父さんです」


 千生実は泣き笑いを浮かべて珠鶴を離すと、その頭に片手を置いて珠鶴をやさしい目で見つめた。


「俺なんかに会いに来てくれて……生まれてきてくれて、本当にありがとうな。珠鶴。父さんはお前を、ずっと愛してる——どんな姿に成っても、ずっとお前たちを見ているよ」

「わたしも、お父さんをずっと想っています。ずっと忘れません」


 珠鶴はぐしゃぐしゃに泣きながらも、精一杯の笑顔を浮かべて千生実に頷いて見せた。

 千生実は最後に珠鶴の頭を柔く撫でて立ち上がり、珠鶴に背を向けると結人のもとへ歩き出す。

 結人は、千生実が離れた後にすかさず珠鶴のそばについた梔子に声を張った。


「それでは、珠鶴のことをお願いします。梔子」

「わかってるわよ。……言うまでもないことだけど、結人」


 珠鶴と手をつないだ梔子は小さく息を吐いた後、いつものように怒ったような風に目を吊り上げて、鼻を鳴らした。


「何があっても、生きて帰ってきな。あたしとの契約ほっぽり出してくたばったら、承知しないんだから」

「……うん。待っていてください、梔子。すぐに帰ります」

「のろまな結人のくせに、言ったわね? さっさとしなさいよ」


 珠鶴は最後に結人の肩に乗っている鎌鼬へ「鎌鼬、結人を頼んだわよ」と声を掛けて鎌鼬が頷くのを見届けると、珠鶴と共に鳥居原の石橋を後にした。

 姿が見えなくなるまで珠鶴と互いに手を振り合っていた千生実は、二人を完全に見送った後に深く息を吐くと、無言のまま結人に目配せをする。


 こうして結人と千生実はどちらともなく走り出し、石橋向こうにある鳥居をくぐって火中の杜へと入っていった。


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