第46話 希望の子
結人は心臓が引き攣るような痛みを覚えた。
もっと、千生実の先輩である自分が千生実を気にかけていれば。こんなに思いつめる前に、千生実の心の拠り所と成れていれば——もっと、早く。結人が生前の千生実と出逢えていれたのならば。千生実を救うことが出来たのではないか。
結人はそんな深い後悔の念と共に、千生実の心を蝕む痛々しい絶望をおもって、唇をぶちりと嚙み締める。
「……本当に、ごめんなさい。千生実……僕は君に何も、してやれていなかった……」
「いいんだ。もう、何もかも……これからは、俺たちを食い物にする醜い人間も妖怪もいない世界で。二人だけでずっと一緒にいよう」
千生実が結人の耳元で囁く。結人は、千生実が苛まれている絶望の深さが、痛いほど解った。きっと、千生実は色々なモノに絶望し、憎むうちに、この世界のなにもかもが醜く思えて、怨霊と成るまでの怨みを抱かずにはいられなかったのだろう。
いつかの結人と、同じように。
それでも結人は、千生実の絶望を理解することはできても、千生実の望みを肯定することはどうしてもできなかった。
自分の首筋に突き付けられた大鎌の刃を握りしめ、その白い手から血が流れ出すのも構わず、結人は首を横に振って見せる。
「でも、僕は千生実の望みは叶えてあげられません。それに千生実。君にはまだ、この世界を守る理由があります」
結人の言葉に、千生実は訝しげな声を漏らす。
「……そんなものないよ。俺にはもう、絶望とあんたしかない」
「そんなことないはずです」
結人は千生実を振り向いた。併せて、大鎌が鎌鼬の姿へと戻り、結人の肩に登ってくる。
「千生実。実美さまによって、贄にされたという君の子どもたちは全員——今も、生きています」
「は……?」
結人の衝撃的な言葉を耳にした千生実が、咄嗟に結人から一歩後退った。
「千生実。前にも伝えましたが、君に殺されると悟った実美さまが生前、椎塚家の伝承や慣習、そして千生実と実美さま自身の過去について綴った手記を、僕に託してくださったのです。そこに、〝贄産みの一族〟についての真相も書かれていました」
「!」
目を丸くする千生実に、結人は語って聞かせる。
「怨霊の鎮魂の儀に必要な神具を揃えるには、莫大な金がかかる。そこで、椎塚家の当主は代々、他家の逢魔師たちだけでなく身内にも隠して、霊力の高い子どもを九魔盆地の外の金払いの良い陰陽師等の家に養子として売って、資金を稼いでいたのだと。その稼業を逢魔師連に知られれば、一族郎党処罰を受けることとなるので、何としても隠したかったのでしょう。実際……他の逢魔師の家でも、外の陰陽師や祓い屋組織に子どもを売るという闇稼業は密かに存在していました。今や消息すら分からない生き別れた僕の兄も、その闇稼業で無理やり外に売られてしまった子どもの一人です。椎塚家の子どもたちも僕の兄と同じ例なのだと、すぐにわかりましたよ」
結人の話に、千生実は声を震わせてゆるゆると首を何度も横に振った。
「な……う、噓だ! そんなこと……今更信じられるか! それに、親父の手記なんぞ一番信用ならないし、あの子たちが生きている証拠にもならない!」
「証拠なら……生きています。君も知っている。思い出してください、千生実。君の最後のお子さんは、どんな子でしたか?」
「お、俺の最後の子は……額に赤い痣があるが、可愛らしい女の子、で……だけどあの子も、親父に連れ去られて、贄にされたはずだ!」
半ば狼狽しながら食い下がる千生実に、結人は静かに歩み寄る。
「千生実。あなたが愛すべき人はまだ、この世界に生きている! あなたのすぐそばで!」
結人が千生実の肩を掴んで、強く揺する。すると、豪雨の音に混じって、二人分の足音がすぐそこまで迫って来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます