第45話 君たちを守りたかった
自宅で梔子と別れた結人は、葉桜丸がいるのであろう火中の杜を目指して、豪雨の中を走り続けていた。
椎塚家の依代が消え去り、怨霊が目覚めたことによって、九魔に根付く神々が怨霊の瘴気に中てられて荒ぶり始めたのだろう。外の天気は、大いに荒れていた。
すぐ近くで稲光が目を刺し、雷鳴が地面を揺らす。併せて、木々を根こそぎ倒してしまいそうな突風が吹き荒び、結人は強風にあおられて地面を転がった。
「はぁ、はぁ……!」
結人は全身が泥に塗れて、地を這いつくばりながらも立ち上がり、再び駆け出す。
一刻も早く、葉桜丸のもとへ向かわなければ。その一心で結人は薄暗い中夜目を凝らし、息を切らして走り続ける。
「こんな大嵐の中。いったいどこに行くんだ、先輩」
火中の杜に繋がる鳥居原の石橋にようやく辿り着いたところで、不意に背後から聞き覚えしかない男の声が聞こえた。
結人は駆けていた足をすぐに止めると、肩で息をしながら振り返る。すると、結人のすぐ背後には幽霊の如く気配を消した千生実が、穏やかな笑みを湛えて立っていた。
「……千生実。君は、どうして……」
「なあ、先輩。どこに行くんだ?」
千生実は結人の声を遮って、首を傾げて問うてくる。
結人は一度目を伏せると、ゆるりと千生実を真っ直ぐに見上げて答えた。
「葉桜丸のところです」
「ああ、鬼さんか。それならやめた方がいいよ、先輩。あのヒトは今、火中の杜で今にも決壊しそうな鬼の大怨霊の封印をその身一つで命を削りながら止めてるんだ。人間が近づきでもしたら、命にかかわる」
千生実はやさしい眼差しで結人を見つめると、宥めるように結人の肩に手を置く。
「それにしても、流石は太古から伝説に残る大妖怪、鬼の大将の一族の一人だ。たった一人で椎塚が封印していた怨霊たちも相手取りながら、鬼の大怨霊の封印も留めるなんて。だがそれも、時間の問題だ。もうじきあの鬼さんも怨霊たちに肉体も魂も呑み込まれて死に至り、鬼の大怨霊も目覚めるだろう」
「そんな……! 早く、行かないと!」
千生実の話を聞いた結人は大きく目を瞠って息を呑む。そして、千生実の手から逃れて駆け出し、千生実と距離をとると、肩に乗っていた鎌鼬に変身してもらい、大鎌を構えた。
「……千生実、まだ君が六火の錫杖を持っていますね? 今すぐに返しなさい。それは、葉桜丸の大切なものです」
低い声で宣告する結人だが、大鎌を構える結人の手は微かに震えていた。
そんな結人を目にした千生実が、慈しむような笑みを零して、また結人へと歩み寄ってくる。
「無茶をするな、先輩。そんなに震えて……大丈夫。先輩のことだけは、俺が何に代えても守るから」
近寄って来た千生実に、結人は勢いよく大鎌を振るった。千生実は飛びずさって結人の攻撃を避け、目を細めて結人を見つめてくる。結人は大鎌を千生実へと構えて、低く唸るような声を千生実に刺した。
「近寄らないでください、千生実。僕のことはどうでもいい。それより、早く錫杖を返して欲しい」
千生実は頑なに首を横に振って、即答する。
「嫌だ。俺は何よりも、先輩のことが大事だから」
「ふざけたことを……言わないでください!」
結人は歯を食いしばりながら、何度も千生実へと大鎌を振るう。
「千生実。僕は今……君が考えていることが、何一つとして解らない! どうして千生実は、九魔の地を滅ぼそうとしているんだ!?」
「……ああ、そうだな。先輩は何も解ってない」
結人の攻撃をすれすれで避け続けていた千生実だったが、ぽつりと小さく呟くと、結人の振るう大鎌の柄を掴み取り、逆に大鎌の刃を結人の首筋へと突き付ける。そのまま背後から結人を抱きしめるように引き寄せると、怒号を上げた。
「古の怨霊の存在さえ忘れ去った逢魔師の連中は、俺たち椎塚家に汚れ役を押し付け、勝手に侮蔑し、嫌悪する! 親父はそれに抗おうとしないばかりか、へこへこと頭を下げて、しまいには俺の子どもたちを鎮魂の贄として使いやがる……!」
千生実は豪雨の音をも搔き消すような大声で、叫び続けた。
「そして、見鬼の才もない〝普通〟とかいう人間共は、俺たちが守ってやっているのにもかかわらず、俺らを頭がおかしいのだと嘲笑う! どこに行っても、俺たちを貶める屑しかいない! ……こんな世界、もうどうでもいい。生きた屍に堕ち、それを知らずとも俺に手を差し伸べて、すくい上げてくれた……結人。あんた以外は」
結人の肩に顔を埋めて、籠った声を絞り出すように零す千生実。そんな千生実の縋るような声に、結人は息を吞んで大きく目を瞠った。
(……僕が、もっと早く千生実の苦しみに、絶望に気が付けていたら……千生実はこんな間違いを犯すことは、なかったんじゃないか?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます