第五章

第44話 人柱

 猛烈な雨音と共に、窓が強風によってガタガタと震えている。どうやら外は、凄まじい大嵐となっているらしい。


 結人が布団から起き上がると、瘴気に中てられて動けなかったはずの身体はずいぶんと軽くなっていた。どうやら、葉桜丸が瘴気祓いをしてくれたおかげで、身体を蝕んでいた毒気はほとんど抜けたようだ。


(葉桜丸や、梔子たちはどこに……怨霊たちがどうなったのかも、気になる)


 結人はそんな思いに駆られて、すぐにいつもの仕事着へと着替えると急いで玄関へ向かおうとするが、不意に玄関の扉がガタン! と閉められる大きな音が響いた。結人ははっと息を吞んで電気をつけると、玄関に向かって走る。


「葉桜丸!」

「結人!? ……あんた、目を覚ましてたのね」


 玄関に立っていたのは、頭から爪先までずぶ濡れとなった梔子であった。その肩には、同じく全身を濡らし、ぶるぶると身体を震わせて水滴を払う鎌鼬もいる。

 驚いた結人は、ずぶ濡れの賓二人に目を瞬かせると、すぐに戸棚からタオルを持ち出してきて二人へ駆け寄った。


「梔子、鎌鼬! そんなに濡れて……外ではいったい何が?」

「癪だけど、あの鬼野郎に教わった強い鎮魂の術で、あちこちの山々から溢れ出してきた怨霊たちをあたしたちで相手してたのよ。それより、あんた身体は大丈夫なの!?」


 梔子は結人から受け取ったタオルで肩にいる鎌鼬を拭いてやりながらも、結人の額に触れてほっと目元を緩める。


「熱は下がったみたいね……でも、無理は禁物よ」

「梔子と鎌鼬も、僕を看てくれたんですね。ありがとうございます。……それで、葉桜丸の姿が見えないのですが。彼はどこに?」


 梔子が結人の問いに微かに眉根を寄せると、一つ間を置いて答えた。


「……火中ほなかもりよ。目覚めた怨霊たちをもう一度封印するとか言って、鬼野郎は出ていったけど……たぶんあいつ、人柱になるつもりだわ。あんな大量の怨霊を鎮めるにはもう、それくらいしか方法がないもの」


 人柱とは、己の身を犠牲にしてでも、怨霊を封じるということだ。

 結人は梔子の言葉に、背筋が凍るような寒気を覚えた。


 このままでは、葉桜丸が——九魔の地のために、死んでしまう。


 それを瞬時に察した結人は、頭を振って靴を履くと玄関の扉の取っ手に手を掛ける。同時に、梔子が結人の方を振り向き、梔子の肩から結人の肩へと鎌鼬が飛び移ってきた。


「やっぱり行くのね。結人」


 梔子の呆れたような声に小さく苦笑を零して、結人は頷く。


「うん。僕は何としてでも、葉桜丸のもとへ行かないと」

「はあ、ほんっとにお人好し馬鹿なんだから……火中の杜周辺にはたぶん、千生実もうろついてるわ。今のあいつ、何しでかすかわからないし。あたしも一緒に行くわよ」


 梔子が出した「千生実」の名前に、結人はとあることを思い出して目を大きく見開くと、弾かれたように振り向いて、梔子を真剣な眼差しで見据えた。


「梔子。君には、千生実の件について頼みたいことがあります。ここは、二手に分かれて行きましょう」

「……またあんたが無茶しそうな匂いしかしないけど。仕方ないから聞いてあげる」

「ありがとう、梔子。やっぱり君は頼りになりますね」

「うっさい。調子に乗ってんじゃないわよ」


 つんと顔だけ背ける梔子に、結人は小さく笑みを浮かべるが、すぐに真剣な顔になると梔子へと提言するのであった。


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