第41話 暴走

 千生実は荒々しい息を繰り返して、歪んだ笑みを浮かべながら引き攣った声を上げる。


「俺は……十年前に、自殺したんだよ! 親父が……俺の子を全員、鎮魂の儀の贄にしやがったから! 親父にとって俺は贄を産む道具でしかなくて! 俺自身は罪のない自分の子を一人も守れねぇ、クソ親だ! 〝贄産みの一族〟……こんな胸糞悪い慣習、俺の代で終わりにしてやろうと俺は、当てつけに親父の目の前で死んでやった! だというのに親父は、怨みが深くて魂がこの世に縛り付けられちまった俺を、式神として調伏しやがった! しかも、泣いて謝りながら、ガキみてぇに俺に縋りながらだ! 笑えるだろ!?」


 今にも血反吐を吐いてしまいそうな、痛々しい声だった。

 千生実が血走った目で、乱暴に己の頭を両手で掻きむしる。


「子を作らねぇと、何度も親父に殴られた……親父が金で買ってきたんだろう女たちまで、俺を脅してくる始末だった! そして女たちが置いていった俺の子たちは皆、一度も抱かせてももらえないまま、すぐに親父がどこかに連れ去った! 俺が死んで式神になったら、親父はくるったみてぇに『何でも言うことをきく』なんぞぬかして、泣いて謝って縋ってきやがって……気色が悪い! だからずっと、この手で殺してやりたかったんだ!」


 慟哭にも似た叫びを半狂乱となって上げる千生実の姿に、葉桜丸は思いがけず一度目を伏せて、深く息を吐いた。


「……成程。それは、怨みも深かろう」


 葉桜丸の呟きを耳にした千生実が、激昂しながらも顔を歪めて嘲笑って見せた。


「ああ、鬼さん。あんたはちょうどいいところに来てくれたよ! 椎塚家に伝わる古文書によると、あんたも世界を滅ぼすほどの厄災をもたらす大怨霊の依代なんだろ!? 親父が死んで、次にあんたが死ねば! この九魔に封じられた怨霊たちが、一斉に世に解き放たれる! そうしたら、やっと……俺の望む世界が手に入る!」


 千生実が高笑いを上げて、両腕を掲げる。葉桜丸は眉根を寄せて、千生実を鋭く睨み据えた。


「! やはり、貴様の狙いはこの地に封じられた全ての大怨霊の解放か……愚かなことを」

「愚か? そうかな? 俺はそうは思わないよ、鬼さん。あんたこそ、大事なものを盗られてさ……火中の杜の強固な結界術を一年近くかけて破り、親父を火中の杜に忍び込ませて。これを手に入れるのにはずいぶんと苦労した」


 千生実がにやりと口角を上げると、片手を高く掲げる。すると、その手に光が集まってきて、光は一本の錫杖の形を成した。

 葉桜丸は大きく目を瞠ると、咄嗟に片腕を伸ばしながら千生実に向かって駆け出した。


「……六火の錫杖! それは、ならぬ!」

「もう遅い!」


 千生実が地面に六火の錫杖を深く突き立てる。

 途端に、「変り散り桜」の黒い紋様が錫杖を中心に浮かび上がり、そこからぼこぼこと噴水の如き勢いで、黒色の水の塊のような怨霊が無数に溢れ出てきた。


「ぐ、あ……!」


 怨霊が顕現したのと同時に、葉桜丸は苦しい呻き声を零すと、己の胸を片手で押さえながらその場に膝をつく。葉桜丸の胸の辺りにも、黒色の桜の紋様が浮かび上がっており、紋様が怨霊たちに呼応するかのように「どくん、どくん!」と激しく脈動していた。


(……解き放たれた椎塚の怨霊たちの念に呼応して、鬼の大怨霊の力も増しておる……錫杖で鎮めねば、手遅れに……!)


 噴き出した汗が輪郭を沿って顎から垂れるのもそのままに、葉桜丸は荒い呼吸を繰り返して、己の肉体に刻まれた封印を強固にするため気を高めようとする。だが、その間に千生実が六火の錫杖の力で怨霊を思うままに操ると、怨霊たちを葉桜丸へと差し向けた。


 地面に頭を擦りつけ、苦しみ悶えている葉桜丸に怨霊たちが襲い掛かってくる。未だに身動きが取れない葉桜丸は、怨霊たちの猛攻に何とか耐えようと歯を食いしばった。


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