第40話 椎塚家の真実

 この椎塚家を中心として、九魔盆地のあちこちから、無数の怨霊たちが蠢き出す気配を感じる。


 九魔の地に根付く大いなる呪いを封ずる依代の一柱であった椎塚実美が死したことで、間もなくこの地は未曾有の厄災に見舞われてしまう。そんな予感と同時に、葉桜丸は己の肉体に刻まれた鬼の大怨霊の封印が、実美の死に呼応するように揺らいでいることを悟って、椎塚家の庭園を歩きながら眉根を寄せた。


 ふと、葉桜丸は視界の端に、庭園の池の前に結人と別れてからずっと捜していた人物の姿を見つけて、そちらへと足を向けた。


「……六火の錫杖を以て、何者かが私が司る大怨霊の封印をも解き放とうとしておる。私の錫杖を火中の杜より持ち去った椎塚実美が死してなお、だ」


 葉桜丸は両手を胸の前で打ち鳴らすことで人間に変身していた化け術を解き、いつもの銀鼠色の着流しを纏った鬼の姿に戻ると、その人物から少し距離をとって立ち止まった。


「貴様が、六火の錫杖を持っておるな? ——ずいぶん捜したぞ。後輩」

「……勘が鋭いな。鬼さんは」


 池の前で屈みこんでいたのは、屋敷の部屋に引きこもっているはずの千生実であった。千生実はその場で立ち上がるが、その視線は池の水面に縫い留めたままで、葉桜丸を一瞥することもない。

 構わず葉桜丸は、千生実の背中へと淡々とした声で語りかける。


「実美の遺体を見たが、奴の全身には怨霊の念が深く刻まれておった。覚えのある、怨霊の気配だったよ……後輩。貴様の凄まじい怨念が、実美を殺したのだな」


 葉桜丸の言葉に、千生実が小さく息を吸って一つ間を置くと、静かに応える。


「……何が言いたいんだ」

「貴様はもう既に死んでおるのだろう。して、訳は知らぬが、死して怨霊と化した貴様を実美が調伏し、貴様は仮初の肉体を得た実美の式神であった。……人間の目は誤魔化せようとも、私の目は誤魔化せぬ。初めて貴様を見た時から、怨霊の式神など珍しいと思っておったわ」


 息すらもしていないかのように、恐ろしいほど静かな千生実が僅かに、顔を葉桜丸の方へと傾ける。


「そのことは……先輩に、言ったのか」


 葉桜丸は目を細めて応える。


「……否。結人は、微塵も気づいておらぬだろう」

「最初から気付いてたんだろう。なのに何で、誰にも言ってないんだ。俺が怨霊の式神だと。穢れに満ち満ちた——醜いバケモノだってことを」

「……」


 そこで葉桜丸は、更に目を細めて沈黙した。

 一方千生実が、弾かれたように葉桜丸を振り返る。ようやく葉桜丸と向かい合った千生実の目は怒りに燃え、歯を食いしばっていた。


「俺を、憐れんだな……!? 鬼の分際で!」


 千生実が怒号を上げて、葉桜丸に殴りかかる。葉桜丸は初撃を受け流すと、二発目を受ける前に宙返りをして背後に飛び退き、大きく距離を開けた。


「……まずは語れ、後輩。貴様はなにゆえ、怨霊と成り果てた。なにゆえ己が父を殺し、九魔の地を滅ぼしかねぬ怨霊を解き放とうとしておるのだ」

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