第34話 君を知りたい
自分が泣いていることを自覚した途端、結人は小さく嗚咽をして、片手で口元を覆い隠す。まさか、自分が人前で泣き出すとは思っておらず、結人は慌てて涙を拭おうとするが、葉桜丸の大きな手に遮られて、結人は葉桜丸を見上げる。
葉桜丸は着流しの袖で、柔らかに結人の涙をゆっくりと拭っていった。
「まったく、驚かすな……お前は笑っていたかと思えば、いつの間にやら泣いておったり。忙しないな」
僅かに上擦ったような声になっている気もする葉桜丸に、結人は小さく頭を下げて謝った。
「ご、ごめん……僕もちょっと、驚いてて。家族以外の人前で泣くなんて、子どもの時以来だ……」
まず、泣くこと自体が結人にとっては久々であった。
兄が逢魔師たちに売り払われて以来、一度も泣いたことなどなかったというのに。
何故だか、葉桜丸を見ていると。葉桜丸のそばにいると無性に泣きたくなると思うことが多かったが、本当に泣いてしまうとは思ってもみなかった。
未だに困惑した顔をしている結人に、葉桜丸が小さく息を吐くと眉を下げて笑って見せた。
「まあ、よい。泣けるときに泣くべきだ。そう、私の姉もよく言っておったゆえ」
結人はまた、葉桜丸の違った笑い顔を見て目を丸くしながらも、釣られて小さく笑った。
「……そう、ですか……葉桜丸のお姉さんは、きっといいヒトですね」
「ああ。姉上は、こちらの心が休まらぬほど。お人好しで心やさしい鬼であった。少し、お前に似ておるな」
懐かしそうに、葉桜丸が目を細める。
滅多に聞かない、葉桜丸の姉の話も聞くことができて、結人の涙も収まってきた。穏やかに笑っている葉桜丸を見上げて、結人は小さく息を吞んだ。
(おこがましいことかも、しれないけど……もっと、葉桜丸のことも。僕は知りたい)
ほんの少しだけでもいい。未だ何も知らない葉桜丸自身のことについて、何か教えてはくれないだろうかと。そんなことを期待せずにはいられなくて、結人は口を開こうとした。
ドォン!
不意に、丘の下から凄まじい音が轟いた。
結人と葉桜丸は、弾かれたように轟音がした方向を振り返る。火中の杜の一角で、土煙が上がっているのがすぐ目に入った。
「妖気……! どうやら妖怪が暴れておるようだな」
葉桜丸の推測を聞いた結人は葉桜丸に視線を戻す。
「ということは、あそこに火中の杜に紛れ込んだという妖怪が?」
「ああ。ちょうどよいところに、自ら出てきたものだ——あの妖怪から、力尽くでも話を聞かせてもらおうぞ」
葉桜丸がトンと軽い身のこなしで宙に跳ぶと、丘の下にある火中の杜へと降りてゆく。
「鎌鼬。僕たちも行きましょう」
結人が肩に乗る鎌鼬に声を掛けると、鎌鼬は一声鳴いて大鎌へと変身する。結人は大鎌となった鎌鼬を手にすると、するすると丘をくだって葉桜丸の後を追った。
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