第28話 消えた依代

 結人はそんな千生実に首を傾げながらも、付け加えて答える。


「でも、この九魔の地は、僕にとって大切な——帰ってくる場所ですので。僕はどこに行こうと、この地を守るためなら駆け付けますよ」

「……そうか。それも、先輩らしいな」


 千生実はまた目を伏せて、小さく笑った。


「そうだ。それはそうと、僕たちが調べに来た怨霊跋扈の件についてですが」


 結人はそこで、思い出したように声を上げて、千生実と葉桜丸に視線を巡らせる。


「もしかして、実美さねとみさまの依代としてのお力が弱まってきたから……各地の山々に封印されていた怨霊たちが徐々に目覚めてきているのではないでしょうか?」

「それはない」


 結人の仮説を、間髪を容れずに否定したのは葉桜丸。


「実美といったか。奴の依代の力はしっかり顕在していた。私の目を以てすれば、一目で解る。くわえて、あの男——正気を失っている、ふりをしていたな」


 葉桜丸の発言に、結人と千生実が目を見開く。

 同時に、葉桜丸が素早く懐から桜の枝を取り出すと、正座した姿勢を変えぬまま、それを天井に向かって鋭く投げつけた。桜の枝は天井に深々と突き刺さるが、枝は白い紙のようなものも一緒に突き刺している。

 それを見上げた結人は、驚愕の声を上げた。


「あの紙人形は……擬人式神!?」


 葉桜丸が放った桜の枝によって、天井に突き刺されて蠢いているのは、霊力が込められた紙人形——擬人式神と呼ばれるものだった。擬人式神を使えば、遠くの景色を見たり、音を聞いたりすることもできる。


「まさか、あのジジイ……!」


 擬人式神を目にした千生実は、弾かれたように立ち上がって、座敷を飛び出していく。結人もただならぬ予感がして、千生実の後を追うと、千生実は隣の部屋の襖を開け放って、悔しそうに顔を歪めていた。


「やっぱり……あのジジイ、いったいどこに消えた!?」


 結人もその部屋を覗くと、そこは窓が開け放たれているだけで、誰もいなかった。

 後から来た葉桜丸も書斎と思われるその部屋を覗きながら、小さく息を吐く。


「実美とやら。狐のような人間だな。式神を使って、我らの会話を盗み聞きしたうえに、煙の如く消え去るとは」

「……直接、実美さまからお話は聞けませんでしたが。一つ、収穫はありましたね」


 開け放たれた窓から吹いてくる風に揺れるカーテンを、結人は眉根を寄せて見つめ、硬い声を零した。


「古の怨霊の依代である実美さまは——今現在、九魔の地を脅かしている怨霊跋扈の件について、何かご存知でいらっしゃる可能性がある。いずれ日時を改めて、何としてもお話をさせてもらわないといけませんね」

「……ああ。俺も完全に同意だ」


 千生実は、どこか複雑そうな顔をしながらも、結人に力強く頷いて見せる。結人は千生実を密かに心配しながらも、小さく頷き返した。

 一方、葉桜丸は、廊下を歩き出しながら結人へと声を掛けてくる。


「結人、外へ出るぞ。この屋敷は空気が悪くてかなわぬうえに……どこで、あの男に監視されているやもしれぬ」

「……そうですね。そうしましょう」


 とりあえず三人は、椎塚家の屋敷を出ることにしたのだった。


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