第27話 九魔の落人伝説
正座する結人と葉桜丸に向かい合うように、畳の上に胡坐をかいた千生実は、深い溜め息を吐き出しながら結人たちに深く頭を下げた。
「本当にすまない、二人共……迷惑かけちまって」
「いえ、僕たちのことはいいんです。それより、もしかして。さっきのご老人が……?」
結人が神妙な目を千生実に向けると、千生実は顔を上げて軽く頭を抱えながら頷いた。
「ああ。さっきの耄碌ジジイが、椎塚家の現当主——
千生実の言葉に、結人は「やはりそうでしたか」と呟く。千生実は続けて、どこか居心地の悪そうな顔で口を開いた。
「そんでまあ、一応……俺の父親にあたる男だ」
結人は途端に目を剥いて、声を上げた。
「な……!
「一応ね。前も言った通り、今はもう勘当されてるようなもんだから。ただ、血の繋がりがあるだけさ。あのジジイとは」
千生実は一つ息を吐くと、片手で口を覆い隠しながら、ぽつり、ぽつりと父親や椎塚家について語っていった。
「あのジジイ、正気を失っていただろ? 年のせいで、最近はずっとああいう感じなんだ。それにたぶん、精神をやられたんだろうな……他家の逢魔師たちもとうの昔に忘れ去った〝椎塚家の宿命〟っていう、長年の重圧に押しつぶされて」
「他家の逢魔師たちも知らない? 椎塚家の宿命……それは、お聞きしても?」
結人が小さく問うと、千生実は眉を下げて微かに笑みを浮かべながら、頷いて見せる。
「うん。先輩たちになら、喜んで話すよ——およそ八百年前。かつて日本の中枢で栄華を誇った一族が
「! ……それは、九魔の
「ああ。その伝説の源流が、今の話。そんで九魔盆地が〝呪われし大地〟とされる由縁の一つだな」
結人は「なるほど」と零して、思考に耽る。そういえば、先ほど実美も、千生実が話していた歴史と同じようなことを語っていたと思い出す。
「そして、怨霊の依代となった椎塚の逢魔師は代々、その依代の役目を八百年間絶えずに受け継いできた。そのおかげで、死や鎮魂を司る術に秀でて、他の逢魔師たちに疎まれるようになっちまったけどな……実美のジジイも無論、当代の依代だ。もし、今この瞬間にジジイが依代を誰にも継承しないまま死んだりして、依代の役目が途絶えでもしたら。九魔盆地は容易く滅びる」
千生実の確信を持った重々しい声に、結人は目を細める。
「つまり、怨霊の依代になることが、椎塚家の宿命……というわけですか」
「流石は先輩、よくわかってる。そういうこと。しかも、依代になっても、怨霊共は封印を解こうと定期的に暴れ回るからさ。依代もやりながら、相当高い金使って神具の用意やらして、鎮魂の儀もしなくちゃいけないんだと。大昔に仕えていた一族を慰めるためとはいえ。いくらなんでも、損な役回りだよな?」
千生実は何ともないように、明るく笑って見せる。結人は一つ間を置くと、真剣な眼差しで、千生実を真っ直ぐに見据えた。
「千生実は……次代の依代を、継承するつもりなんですか?」
「……うーん。どうだろうな」
千生実は結人の問いに一度は曖昧に返すが、すぐに視線を上げて結人を見返す。口角は上がっていたが、その目は微塵も笑っていなかった。
「先輩によるかな」
「え?」
「先輩、死ぬまで九魔盆地にいるつもり? それとも、いつかは出ていくのか?」
唐突な、千生実の意図の掴めない問いの数々に、結人は戸惑うが、小さく唸りながらも答える。
「僕は……いつかはこの地を出ていくと、思います。一人前の逢魔師として認められたら外に出て、兄さんに会いに——どうしてもやりたいことがあるので」
「うん……それなら、良かった」
結人の答えに、千生実は何故だか心底嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。
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