第三章
第25話 椎塚家
椎塚家も、忽那氏と同じく〝
しかし、椎塚の一族は滅多に逢魔師連の会合といった表舞台には現れず、当主の顔すらもあまり知られていない。知られているのは、鎮魂と死を司る術を相伝としており、古くから他家の逢魔師の間では穢れを扱う逢魔師たちと疎まれていたということだけが確かな、謎多き一族であった。
結人たちが逢魔師連本部を訪れた日から数日が経ち。
結人と人間の姿に化けた葉桜丸は、千生実の案内によって、上河内村でも村はずれに位置する、椎塚家を訪れていた。
忽那氏の本家も擁する逢魔師連本部とまではいかないが、流石は九魔五家荘に連なる名家ということもあり、椎塚家も立派な日本家屋の屋敷を構えていた。
しかし、椎塚家の屋敷はほとんど人がおらず、どこか寂れていて、がらんどうとしている。
千生実を先頭にして、屋敷の長い廊下を歩いている結人は、千生実の背中へと小さく声を掛けた。
「……今日は、椎塚家のお家の方々は留守にされているんですか?」
「いや。ここには当主以外の人間は住んでいないんだ」
千生実から告げられた意外な事実に、結人は微かに目を見開く。隣を歩く葉桜丸は呑気に「確かに此処は、人間の気配がなくてよいな」と清々したように言っている。
一方の結人は、九魔五家荘の一角を担う名家が、まさか屋敷に当主一人しか住んでいないとは、思ってもみなかったのだった。
「そうでしたか。失礼しました」
「ははは、そりゃあ驚くよな? ウチは九魔五家荘の中でも末席にあたるようなもんだからさ。そうかしこまらなくてもいいよ、先輩」
振り返ることもなく、千生実はからからと笑って結人に後ろ手で手を振って見せる。
何となく、どこか緊張しているようにも見えるのは結人ではなく、千生実の方だと結人は思った。結人はいつもと様子が違うような気がする千生実の横まで早足で追いつくと、今度はしっかりと千生実の目を見上げながら声を掛けた。
「無理はしないでください、千生実。どこか、気分でも悪くなったら、すぐに僕か葉桜丸を頼るように」
結人の声掛けに、ひどく驚いたように目を丸くする千生実。だが、千生実はすぐに嬉しそうに目を細めてはにかむと、小さく頷いた。
「ああ……ありがとう、先輩。ほんと、先輩には敵わないなあ」
間もなくして、結人と葉桜丸は広々とした座敷へと通された。
「二人はここでゆっくりしてて。俺は当主を呼んでくるから……あと」
千生実は躊躇うように視線を泳がせると、唐突に口を噤む。それを訝しんだのであろう葉桜丸が、目をすがめて千生実を急かした。
「言いたいことあるのであれば、早う言え。後輩」
「こら、葉桜丸。そう急かさない。……どうかしましたか? 千生実」
結人は隣にいる葉桜丸を肘で小突くと、千生実に首を傾げて見せる。千生実はどこか不安そうな表情を取り繕うように笑みを浮かべると、首を横に振った。
「ああ、いや。大したことじゃないんだが……その。あまり、期待はしないでくれ」
千生実はそれだけ残して、椎塚家の当主を呼びにそそくさと廊下に出て行ってしまった。
やはりどこか様子がおかしい千生実に、結人は葉桜丸と顔を見合わせて首を捻る。そうして二人はしばらくの間、畳の上で綺麗に正座をして千生実が戻るのを静かに待った。
「……しかし、空気が不味いな。この屋敷は」
目を伏せて大人しく正座をしていた葉桜丸がふと、眉根を寄せてぼやく。結人は横目で葉桜丸を見上げると、葉桜丸の意図が掴めない発言を訝しんで尋ねる。
「空気が不味いって……どういうことですか。それと、
「戯け。お前はもっと、警戒心を持つべきだ。わからぬのか?」
「え?」
結人は困惑した声を漏らす。葉桜丸は伏せていた灰色の目をゆっくりと瞬かせ、低い声で唸った。
「この屋敷。強力な怨念に呑まれておる」
ガタン! 葉桜丸の声を遮るように突如、結人たちの前方にある襖が吹き飛んだ。
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