第23話 花咲か鬼の灰花

 葉桜丸が庭の中心に立つと、不思議とよく通る声で珠鶴に尋ねる。珠鶴は目を丸くして、何だか雰囲気が少し変わったような気がする葉桜丸を見つめながらも、ゆっくりと首肯した。


「ええ。桜は好きです」

「左様か。私も桜が一等すきだ」


 葉桜丸がそう言って、軽やかにくるりと回ってこちらを振り返る。

 銀鼠色の着流しの袖がふわりと浮いて、何だか、そらを舞う花びらに見えた。


「今の季節は確かに桜の花は見れぬ。だが、桜にも劣らぬ、美しい花々はたくさん咲き誇る」


 葉桜丸が着流しの袖を捲り上げ、白く長い右腕を晒す。そうしてなんと、露わになった右腕に、左手で鋭く爪を立てた。


「花見をしようか」


 葉桜丸のゆったりとした声と共に、葉桜丸が己の右腕を五本の鋭い爪でギギギと抉る。その様子に珠鶴は両手で口を覆い、結人は「葉桜丸、何を……?」と咄嗟に声を掛けるが、葉桜丸が動きを止めることはなかった。


 葉桜丸の右腕に五本の赤い傷の線が走り、大量の血が傷口から流れ落ちてくる。しかし、流れ出る血はすぐに「灰」へと変化して、葉桜丸の右手がその大量の灰を片手で掬い取った。


 そのまま、流れるような仕草で灰の積もった片手を口元に寄せると、葉桜丸がふうと息を吹きかける。灰はそらを舞い、地面に降り注ぐ——刹那。裸の地面を染め上げるかの如く、色とりどりの花々が次々と芽吹いて咲きほこり、一瞬で辺り一面に鮮やかな花畑が顕現した。


 突如目の前に咲き乱れた美しい花畑に、珠鶴は「わあ!」と歓喜の声を上げて花畑へと一直線に駆けより、結人も弾かれたように立ち上がって、花畑を大きく目を瞠って見回した。


「すごい……奇麗だ」


 結人はいつも心掛けている丁寧な口調も忘れて、ぽろりと本音を零す。そんな結人の本音に気を良くしたのか、葉桜丸がどこか得意げな顔をして結人のもとまで歩いてくると、その隣に並んだ。


 花畑ではしゃぐ珠鶴を見守りながら、結人は相変わらず悠然とした様子で隣に立つ葉桜丸を見上げた。


「ずっと、思っていたんですが……葉桜丸のこの力は……?」


 葉桜丸は結人を一瞥して、その問いに答える。


「鬼の異能、〝灰花かいか〟。私の肉体から削り出した血肉は、すぐに灰となる。そして私の灰は、あらゆる植物をたちまちに芽吹かせ、美しく花を咲かせる。ゆえに、同胞たちからはこうも呼ばれていた——〝花咲か鬼〟と」


 しかし葉桜丸は、すぐに目を伏せて小さく自嘲した。


「……同時に、花しか咲かせぬ〝無能の夜叉〟とも呼ばれていたがな」

「無能の夜叉? そんなわけないでしょう。本当に、素晴らしい異能です……! あと、〝花咲か鬼〟という呼び名も素敵な名だ」


「無能の夜叉」という言葉を、結人は間髪を容れずに否定した。そんな結人に、葉桜丸は目を丸くして何か言いたげな顔をするが、結人は花畑に目を奪われたまま、声を弾ませる。


「花咲か鬼の異能であれば、きっと桜も、恐ろしいほど美しく咲くんでしょうね……ああ、でも。実は僕、桜が苦手なんです。桜の花吹雪を見ていると、ちょっと怖くなってしまって」


 結人は葉桜丸を振り向いて、小さく苦笑する。葉桜丸は「桜が苦手だ」と言う結人に、一瞬意外そうな目をしたが、すぐに目を伏せて、どこか揶揄うような口調と共に小さく息を吐いた。


「左様か。確かにお前は、見る目がない——醜い私を前にして、恐れぬのだから」


「見る目がない」というのは、きっと以前結人が葉桜丸のことを「男前だ」と言ったことを揶揄っているのだろう。あの言葉は、結人の心からの本心で言ったことであったので、結人は「心外ですね」と葉桜丸に言い返してやる。


「あ! やっぱり、こんなところにいたのか……先輩! 鬼さん!」


 不意に、結人たちを呼ぶ声が聞こえて、結人と葉桜丸は声がした方を振り向く。

 そこには、本部の方から走ってきた千生実の姿があった。


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