第22話 男と女、どちらでも在りたい

 しばらくして、珠鶴はお茶と茶菓子を持って離れへと戻ってきた。


 結人はせっかくなので、当初の逢魔師連本部を訪ねて来た目的である、「火中ほなかもりに入った逢魔師」と葉桜丸の探し求める「錫杖」について、それとなく珠鶴に聞いてみる。


 珠鶴は十歳という若さではあるが、逢魔師連会長の孫娘ということもあり、よく本部に出入りをしているので、逢魔師連の情報通でもあったのだ。


「ホナカのモリ……錫杖……。うーん、ごめんなさい。そんなお話は今のところ、逢魔師連の中でも聞いたことがありません。最近はやっぱり山々を跋扈している怨霊の件で、話題が持ち切りですから」


 情報通の珠鶴でも、全く心当たりのない話であるらしい。結人が「なるほど」と小さく唸ると、珠鶴は心底申し訳なさそうな顔をして、結人と葉桜丸に深く頭を下げた。


「本当にごめんなさい、結人さん。わたし、結人さんの役に立ちたいのに……」

「いやいや。気にしないでください、珠鶴。むしろ、君のおかげで逢魔師連本部の現在の内情も詳しく知ることができたんです。僕たちだけではなかなか知り得ないことなので、助かります。ありがとう」

「結人さん……」


 落ち込み気味の珠鶴をおもって、結人は珠鶴の短い黒髪を撫でながらさりげなく話題を変えた。


「そういえば、珠鶴。またずいぶんと髪を切ったんですね? とても似合っていますよ」


 結人の褒め言葉に、珠鶴は途端に目を輝かせて俯きがちだった顔を上げた。


「ありがとうございます、結人さん! わたし、結人さんみたいなカッコイイ人になりたくて、結人さんの素敵な御髪だけでも真似してみたんです!」


 珠鶴は昔から、女でありながら逢魔師となった結人に、憧れのようなおもいを抱いているようだった。結人とお揃いにしたくて切った髪を嬉しそうに撫でつけていた珠鶴はふと、前髪だけを押さえて、恥ずかしそうに笑う。


「あ、でも……まだ、前髪だけは恥ずかしくて切れないんです。いつかは前髪も、結人さんとお揃いみたいにしたいのですけど」


 珠鶴の額には、生まれつき赤い痣があるようだった。それを幼い頃は他人に馬鹿にされたらしく、前髪だけは短くするのに勇気が必要なのだといつも言っている。


「……珠鶴なら、どんな髪型も似合うに決まってます」


 結人は慈しむような声でそう言うと、珠鶴の額をやさしく撫でた。珠鶴はくすぐったそうに、そして何よりも嬉しそうに、己の額を撫でる結人の手を受け入れている。

 そんな二人を終始、静かに眺めていた葉桜丸だったが、ふと小さく首を傾げて見せると、結人に興味深そうな、何やら探るような視線を向けてきた。


「私も以前から思っておったが。男の恰好までして逢魔師となったお前の胆力は凄まじいな?」

「そうですか? 特別なことをしている覚えはないんですがね。だって、男装しているつもりなんて毛頭も無いですし。僕は単に好きな恰好をしているだけですよ」

「? ……何が言いたい」


 結人の答えを聞いて、微かに眉を顰めて訝しむ葉桜丸。そんな葉桜丸に、結人はにやりと妖しく笑って見せた。


「僕はただ、女であり、男でもある。ということです。僕の魂は、どちらにも成れますし、どちらにも縛られない。なので、男しかなれないなどと言われている逢魔師にも、当然なれるだろう——そう考えて、僕は逢魔師となりました」

「……とんでもないことをぬかすな。お前は」

「そうです? まあ、実はこれ。半分は兄の受け売りなんですけどね」

「兄……左様か。結人の兄も、とんでもない兄だな」


 葉桜丸はゆっくりと目を瞬かせると、どこか感心したような声を漏らした。一方、珠鶴は更に大きな瞳を輝かせて、何度も結人に頷いて見せる。


「さすがは結人さんです! わたしも、そんな結人さんのように……女であっても逢魔師を務め、好きなように生き、どこにでも自由に行けるような強い大人となりたいのです!」


 きらきらと夢を語る珠鶴に、結人は一瞬眉を下げて目を伏せたが、すぐに「珠鶴の夢は素敵だ。きっと叶いますよ」と穏やかに笑った。

 笑う結人に嬉しそうに頷き返す珠鶴であったが、不意に何かを思い出したのか、顔を曇らせて小さく呟く。


「はい……だからわたし、逢魔師となるためにお祖父じい様のお手伝いをしたいのです。だというのに、最近は滅多にお外にも出してもらえないのですよ? 怨霊がたくさん跋扈しているので、危険だからと……おかげで、今年は桜のお花見もできずじまいでした。楽しみにしていましたのに」

「御館様……お祖父じい様も、珠鶴を心配しておられるんですよ。無理は禁物です、珠鶴」

「そうかもしれませんが……せめて、お花見はしたかったのです。だって桜は、大昔から逢魔師が大切に崇めてきたお花の一つですから。ご先祖様の伝承をお守りするのも、逢魔師のお役目でしょう?」


 不満げに頬を膨らませる珠鶴を、結人は困り顔で宥める。

 そんな二人を眺めていたはずの葉桜丸がふと、ゆらりと立ち上がって、縁側の前にある池を擁した庭へと向かって歩き出した。


「お嬢さん。桜が好きなのかい?」

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