第19話 穢れた夜叉

 声がした方を二人が振り向くと、そこには、本部から出てきたと思われる逢魔師たちが十数人、こちらに向かってぞろぞろと迫って来ていた。

 結人を「夜叉女」と呼んだのだろう、集団の先頭に立つ大男が結人の目の前に立ちはだかり、ぎろりと見下ろしてくる。


「会合の時は、あんな大騒ぎを起こしやがって。よくものこのこと本部の敷居を跨げたな? てめぇは!」

「……その節は申し訳ありません。本日も、もう少ししましたらすぐに帰りますので」


 あまり刺激すると、面倒なことになる。大男の様子から瞬時にそれを悟った結人は、深く頭を下げた。

 それにも構わず大男は、唾を飛ばして怒号を上げ続ける。


「てめぇの軽い頭を何度下げようが、俺は騙されねぇぞ!? この醜い夜叉女が! てめぇが女でありながら逢魔師を名乗り、山に入りやがったから、山神がいかって怨霊共が湧き出してきたんだろうが!」


 大男が結人の胸倉を掴み上げたかと思えば、結人のネクタイを、ワイシャツのボタン諸共引きちぎる。結人の胸元ははだけさせられ、結人は弾かれたように顔を上げた。


「おかげで俺たちは重労働させられてんだ。責任取れや、夜叉女——幹部連中のジジイ共を誑かした、その汚ねぇ身体でよ」


 大男が、下卑た笑みを浮かべて、結人の胸をまさぐってくる。結人は全身の血の気が引いていくのを感じ、強烈な吐き気が込み上げてきた。


「や、め……!」


 結人が声を上げようとすると、途端に横っ面を殴られた。ぶちりと、口の端と口内が切れて、鉄の味と生温い感触が口の中いっぱいに広がる。その間にも、結人の両腕が他の男たちに掴まれ、無数の手にあちこちを乱暴に触られた。


(ま、ずい……!)


 山神を前にしても恐怖しなかった結人の身体が、恐怖に支配されてぶるぶると震え、視界は真っ黒に染まる。それでも結人は、何とかして男たちから脱しようと身体をめちゃくちゃに動かすが、ビクともしなかった。


「おい」


 ふと、地を這うような低い声が、結人の視界へ色を、正常に取り戻させてくれた。

 瞬きをして見れば、結人の胸倉を掴む大男の手を、更に大きな白い手が掴んでいる。結人がゆるゆると視線を上げると、男たちと結人の間に、葉桜丸が割って入って来ていた。


「勝手に、私の契約相手に触れるな。痴れ者共が」


 気が付けば、結人は柔らかに葉桜丸へと腕を引かれて、男たちの集団の中から抜け出しており、いつの間にか葉桜丸の背後に隠されていた。


「さがっておれ」


 葉桜丸は背中越しに結人へと囁く。声も出せずにいる結人は、浅い呼吸を繰り返しながら、こくこくと頷くことしかできなかった。


「なんだぁ? てめぇは……邪魔しやがって」


 苛立たしげに舌打ちをする男たちが、葉桜丸を囲む。葉桜丸は毅然とした立ち姿で、男たちを酷く冷たい灰色の目で見下ろしていた。


「貴様ら、結人を恐れているな。同族を恐れ、食い物にしようとするとは——やはり人間とは弱き生き物だ」

「ああ!? 何をわけのわからねぇことを言ってやがる、てめぇは!」


 大男が葉桜丸へと怒鳴り散らす。葉桜丸は片手で口元を覆うと、全身が粟立ち、恐れずにはいられないほどの低い声と共に、男たちへ侮蔑の視線を突き刺した。


「わからぬか? ……貴様らの愚かさを憐れんでおるのだ。小童共」

「なっ……なんだとてめぇ!」


 葉桜丸の言葉を引き金に、男たちが葉桜丸へと一斉に襲い掛かってくる。

 同時に葉桜丸が両手を胸の前でぱん、と打ち合わせると、金色の鎖が顕現し、たちまち人間の姿から鬼の姿へと変化へんげした。


 葉桜丸はいの一番に殴りかかってきた大男の胸倉を両手で引っ掴むと、軽々と大男を高く持ち上げ、ぐるぐるりと回転させながら、周りの二人ほどの逢魔師を巻き込んで遠くへと投げ飛ばす。みっともない悲鳴が遠くから響いてきた。


 人間離れした怪力と、角の生えた葉桜丸の姿を目にした他の逢魔師たちが怯んだように立ち竦んだ。葉桜丸は首を傾げて見せると、淡々と口を開く。


「遠慮するでない。心配せずとも、殺しはせぬ」

「んの……クソ妖怪があ!」

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