第16話 まろうどの契約

 翌日の朝。居間でコーヒーを飲んでいた結人は、目の前に立ちはだかってこちらを見下ろしてくる、人型に戻った葉桜丸が持ちかけきた「とある提案」に、信じられないという顔をして茫然としていた。


「え……いや、うん。葉桜丸……今、なんと?」

「何度も言わせるな、戯け。私と〝まろうどの契約〟を結べと言っている」


 葉桜丸が突如持ちかけてきた提案というのは、逢魔師の術を以て、結人と契約を結びたいというものだった。


 つまりは葉桜丸も、梔子や鎌鼬と同じように。結人と対等な存在と成ることを誓い、互いの生命力や異能の力を分かち合う「運命共同体」となりたいのだと、そう言っているのだ。


「はあ!? ちょっと、ふざけたことぬかしてんじゃないわよ! 鬼野郎! 散々、結人を殺しかけたり迷惑かけておいて、何をぬけぬけと!」

「まあ、梔子! ちょっと落ち着いてください! ……それより、僕と〝まろうどの契約〟を結びたい理由を聞いてもいいですか? 葉桜丸」


 怒鳴り散らす梔子を宥めながら、結人は真剣な表情をして真っ直ぐに葉桜丸を見上げる。葉桜丸は結人の強い視線を、灰色の目を細めて見返した。


「……私は、探し物をしている。それは、かつて永く。我が火中の杜に収められていた神器〝六火りっかの錫杖〟。小輪が六つ掛けられた、私の身の丈ほどある錫杖だ」


 葉桜丸は顔を歪めて、唸るように語った。


「先日、私が封印から目覚めた際。あろうことか、六火の錫杖は何者かによって持ち去られた後だった。火中ほなかもりは、私の魂も同然。気配の残滓からして、錫杖を持ち去ったのは人間で相違ない。そして、火中の杜の封印を解き放ち、その後にどこぞの逢魔師が迷い込んだのも、錫杖を持ち去った盗人が全ての元凶であろう」


「どこぞの逢魔師」とは、おそらく結人のことだろう。

 葉桜丸の言う錫杖を持ち去った人間とやらが、火中の杜の封印を解き放ったままにしたおかげで、結人はあの鳥居を見つけて、火中の杜へと迷い込み——葉桜丸と出逢ったのだ。


「そのようなことで、私は盗人の人間から、錫杖を取り戻さねばならぬ。必然的に人里も探さねばならぬのだが、そうなれば人間に化ける必要がある。しかし、今の私は封印から目覚めたばかりゆえ、本調子ではない」


 葉桜丸は視線を結人に戻して、小さく息を吐いた。


「ゆえに——お前たち逢魔師の契約術を以て人間に化け、錫杖を探したい。私を恐れぬお前なら、私とも対等な契約とやらが結べよう」

「……なるほど。答えたくなければ結構なんですが、ちなみに。あなたが火中の杜に封印されていたのは何故です? あなたが探す錫杖には、いったいどんな役割があるんですか?」

「……」


 葉桜丸は結人の問いに、固く口を閉ざした。


「答えられませんか……わかりました。そのことについては追及しません」


 結人が目を細めて頷く。そこにすかさず、梔子が反論の声を上げた。


「駄目よ、結人! こんな簡単な質問にも答えられない胡散臭い野郎、信用ならない! それに、鬼に関わると碌なことにならないわよ!?」

「ご婦人の仰る通りやもしれぬな。だが、私も代償は支払うぞ。私と契約を結べば——お前たち逢魔師が苦労しているという、怨霊跋扈の件。私も解決の手伝いをしてやる」


 葉桜丸は、どこか挑むような目で結人を睨み据えてくる。

 結人は立ち上がって葉桜丸の目の前に立つと、にやりと笑みを浮かべて大きく頷て見せた。


「承知。契約を結びましょう。葉桜丸」

「そうこなくてはな」


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