第15話 美しき鬼の貌
(人間を憎んでいるのだろうに……僕を、助けてくれた……?)
葉桜丸の行動に、結人は内心で驚愕とも嬉しさとも言えぬような、複雑な感情がぐるぐると巡る。
「……
「そう、ですか……それにしても、助かりました。ありがとうございます、葉桜丸」
「戯け。助けてなどおらぬわ。今、山神に山を降りてこられては厄介極まりないゆえ。私の勝手だ」
呆れたような声を漏らす葉桜丸が、こちらを振り向く気配がした。釣られて結人は、咄嗟に礼を口にしながら俯いていた顔を上げようとするが、それは葉桜丸の巨大な鳥の前足が結人の頭を押さえたことで阻まれる。
「何度言わせる。見ようとするな」
葉桜丸は硬い声で言いつける。しかし、結人は未だ血を咳き込みながらも食い下がった。
「葉桜丸はいいでしょう」
「阿呆め……目にすれば、後悔することとなるぞ」
「後悔なんてしません。だから、見せて欲しい」
結人は葉桜丸の大きな鳥の足をどかして、何とか顔を上げる。
目の前には、いつもとは全く異なる姿をした葉桜丸が、じっと座っていた。
四肢は、思っていた通りの鳥の足。胴体は猫に似た身体つきをしていて、全長は自動車くらいはありそうな黒い体毛の巨体、胸部や背中といった所々の肉からは、骨が剝き出しになっている。ゆらゆらと揺れている長い尻尾も骨格だけ。
何より目についたのは、頭部。頭部も尻尾と同じく皮も肉もついていない頭蓋骨だけで、形は狼のものと似ていた。額には、葉桜丸が人型の時と全く同じ様相で大小三本の角が生えている。
そして、頭から全身にかけて馬と同じような
目を丸くして、葉桜丸を見つめる結人に、葉桜丸が牙の並んだ
「永らく封印の中で
「少し戻る」ということは、もしかしたらこの姿の方が葉桜丸の本来の姿なのかもしれない。そして何故かはわからないが、その本来の姿を結人たちに見せないために、突如家を飛び出したのだろうか。
結人はそんなことを密かに内心で察する。
葉桜丸は、低く自嘲した。
「醜かろう」
結人は葉桜丸の思いもよらなかった予想外の呟きに、一つ瞬きをすると、一切の躊躇もなく葉桜丸の頭蓋骨へと片手で触れた。
「……どんな
そう言って小さく笑う結人に、葉桜丸が微かに困惑したような声を漏らす。
「噓を吐くな、人間。そうやって人間は嘘ばかり吐きおって……」
「噓じゃない」
結人はすかさず首を横に振って、きっぱりと否定する。
「頭は犬……いや、狼の骨格に似ていてカッコイイですし。鳥の足なのも良いですね。物を掴みやすそうだ」
そうやってぺたぺた触ってくる結人に、とうとう葉桜丸が、わけがわからないとでも言いたいような声色で声を上げた。
「待て! 何なんだ、お前は……私は、お前を何度殺そうとした。そんな、得体の知れぬ醜い鬼が恐ろしくないのか?」
「え。全然。怖くも何ともない」
結人は即答する。
「葉桜丸より、逢魔師連のジジイ……じゃなかった、お偉い方の方がよっぽど恐ろしいですよ」
「……」
冗談めかして、にかりと笑って見せた結人に、葉桜丸が心底啞然としたように軽く顎を開けていた。
結人は眠っている鎌鼬を抱き直しながら立ち上がると、葉桜丸を振り向く。
「それじゃ、そろそろ帰りましょうか。梔子も心配します」
そう言って、結人は何事もなかったかのように歩き出す。
葉桜丸が、未だに茫然とした様子で結人の背中を見ていたが、動かない葉桜丸にすぐに気が付いた結人は駆けてきて、葉桜丸の後ろに回るとその尻を強く押し出した。
「何やってるんですか、葉桜丸。早く帰りますよ。ほら」
「……」
案外、大人しく結人についてきた葉桜丸を意外だなと思いつつも、結人は内心で葉桜丸の新たな姿を見れたことを喜ぶ気持ちと共に、何となく胸騒ぎがしていた。
山神が、まさか山の麓にまで降りてきているとは、思いもよらなかったのだ。おそらく鎌鼬も、結人と同じように山神の強烈な神気に中てられて、気を失ってしまったのだろう。
もしかしたら、大量の怨霊が跋扈している件とも関係があるのかもしれない。
結人はそんな推測を胸に留めながら、黙りこくった葉桜丸と共に帰路につくのであった。
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