第13話 家出の野良鬼
自宅の玄関前に立つ結人は、軽く頭を抱えて細く溜め息を吐き出す。
「あー……またですか」
またもや、閉めていたはずの鍵は壊され、玄関は大きく開け放たれていた。
このようなことをしでかすのは、あの鬼の客人——葉桜丸しかいない。結人はそんなことを確信しながら、無防備に開け放たれた自宅の中へと「ただいま」と声をかけて足を踏み入れる。
キッチンのある廊下を抜けて居間に入ると、結人は目を丸くした。
「やっと帰って来たわね!? 結人! もう、ほんっとにあんたはのろまなんだから!」
居間には、色とりどりの花を咲かせた植物が生い茂っており、大きく声を上げた梔子は、その無数の植物に全身を縛られている。梔子がいつも葉桜丸に突っかかるので、最近はよく目にする光景だ。
結人は改めて部屋の中を見回す。
梔子と鎌鼬には、葉桜丸の看病のために留守をお願いしていたのだが、鎌鼬の姿が見えなかった。無論、目を離すとすぐに家の中をめちゃくちゃにする葉桜丸の姿も無い。
結人はだいたいの状況を把握して、思わず小さく噴き出した。
「目を離せば、すぐにこれとは……まるで拾ってきた野良猫みたいですね」
「そんなこと言って、呑気に笑ってる場合じゃないでしょ!?」
呑気に苦笑する結人へ、梔子が怒鳴りつける。結人は「すみません、つい」と謝りながら、葉桜丸によって縛られた梔子の拘束を解こうとする。そこに梔子が、すかさず口を挟んできた。
「あのクソ鬼、『散歩に行く』とかぬかして、この通り無理やり出ていったわ。見る限り、身体はずいぶん良くなったみたいだけど。ああ、思い出すだけで腹が立つ、あの野郎!」
「なるほど。彼を止めに入ってくれてありがとう、梔子。それにしても、歩けるようになったのは喜ばしいことですが……やはり、まだ心配ですね」
梔子の拘束を解く手を一瞬止めて、小さく息を吐く結人。そんな結人を見た梔子が、呆れたような顔をして首を横に振る。
「そう言うと思ってたわ。このお人好し馬鹿……一応、鎌鼬に奴の後を追わせてる。あたしのことはいいから、鎌鼬の風を追いなさい」
梔子が軽く握っていた右手を開いて見せると、手の中からひらりと一枚の木の葉が飛び出してきて、結人をいざなうように周りを舞い始めた。
結人は一つ瞬きをして、梔子を見る。梔子は「ふん」と鼻を鳴らして、顎を振って見せた。
「こんな拘束、あたし一人で解ける。だから、早くあの鬼野郎を何とかしてきて。そんで、あたしに野郎を一発殴らせなさい」
「……わかりました。でも、殴る時はお手柔らかにお願いします。彼、一応病人ですから」
「さあ、どうかしら?」
「梔子には敵いませんね」
結人は梔子の相変わらず強気な発言に苦笑して、自分の周りを吹き流れる木の葉に指で触れた。すると、木の葉は仄かに光を帯びて、玄関の方へと流れてゆく。
結人はそれを追いながら、背中越しに梔子へと声を掛けた。
「それでは、行ってきます。梔子」
「さっさと済ませてきなさいよ」
「うん。直ぐ帰ります」
そうして結人は自宅を後にし、鎌鼬の風を追って薄暗い逢魔が時の中を走った。
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