第12話 逢魔師と只人の壁

 お互い頷き合った二人はふと、その場で足を止めた。結人たちが歩いていた小道のど真ん中で、こちらを見て石のように固まっている若い男が二人いたからだ。これでは、道の先を行こうにも通れない。そこで、道端で立ち止まっている若い男二人に気さくに声を掛けたのは、千生実の方だった。


「お、あんたら山に入るのか? 足元悪いから、気を付けて……」

「お前ら、逢魔師か?」


 千生実の声を、若い男の一人が唐突に遮った。千生実は一つ瞬きをして、にこりと人好きのする笑みを浮かべると「ああ」と頷きかける。


 しかし、千生実が続けて「そうだよ」と言い切る前に、結人が千生実を自分の背後へと突き飛ばし、若い男二人の前に立ちはだかった。若い男の一人が、手に持っていた桶を振り上げる。

 同時に、バシャッ! と音を立てて、大量の液体が結人の全身に降りかかった。匂いからして、酒をかけられたのだろうと結人は察した。


 桶を持っていない方の若い男が、震える声で低く唸る。


「逢魔師……気色の悪ぃ、宗教野郎共め」


 液体を撒き散らした方の若い男は、まるでを見るかのような、蔑みの色をたたえた目で結人たちを睨みながら怒鳴り散らす。


「いつもいつもいつも! ヤマガミさまにお供えを、とか! オンリョウの危険がありますので、お清めは欠かさずに、とか! 気持ち悪いことばっか押し付けてきやがって! 山から出てくんじゃねぇよ、異常者共が!」


 二人はそう残して、逃げるようにもと来た道を走り去っていった。

 二人の姿が見えなくなったところで、結人は濡れた顔を拭いながら小さく吐息を零す。結人の後ろにいた千生実は結人のすぐ目の前にまで回り込んで来ると、ハンカチで結人の髪から滴っている酒を拭き取って、小さく呟いた。


「……ごめん、先輩。俺が迂闊だった」

「違いますよ。千生実が気にすることじゃない。これもきっと……時代の流れってやつです」


 人ならざる魔の者を認識することが出来る逢魔師は、只人が持つことはない「見鬼の才」を持っている者がほとんどだ。かつての逢魔師は、只人を脅かす魔の者を退ける守り人として只人に慕われていた。

 しかし、時代の流と共に国が「魔の者」の存在を秘匿し始め、世間で「魔の者」が忘れ去られて迷信と成りつつある現代では、異常者扱いされる。


 九魔盆地を本拠地とする逢魔師連も、多くの只人からは怪しい「宗教団体」として認識されていた。


「まあ。僕は今日、運が良かったと思ってますよ。千生実の顔も見れましたし、お酒も浴びるように今飲んじゃいましたし。これ、たぶんいい酒ですよ。あの人たち、山にお供えしてくれるつもりだったのかもしれません。邪魔してしまいましたね」


 目を伏せて落ち込んでいるようにも見える千生実の肩を、結人はいつも通りの笑みを浮かべながら軽く叩いてやる。

 千生実は結人の冗談に、思いがけずといったように小さく噴き出しながら頷いて見せた。


「ふ。酒はまだあんたには早いよ、先輩。……もうこんな時間か。家まで送っていく」


 辺りはもうずいぶんと薄暗く、逢魔が時が迫っていた。

 千生実が結人の肩をポンと叩いて歩き出す。結人も釣られて歩き出して、いつもの癖で千生実と一緒に帰ろうと頷き返そうになったが、「あ」と小さく声を漏らした。


(だめだ。家には葉桜丸がいる。葉桜丸、僕相手には大分慣れてきたみたいだけど……たぶん、人間が嫌いだろうから。千生実の気配に驚くかもしれない)


 結人はそこまで思い至ると、慌てて千生実へと首を横に振って見せる。


「ええっと……すみません、千生実。今日はちょっと、一緒に帰れない。というか、しばらくは一緒に帰れない……です」

「え?」

「なので、寄り道せず気を付けて帰るように。それじゃあ、また!」

「あ、ちょっと……先輩!?」


 結人は深く理由を聞かれぬよう、早口で捲し立てると、千生実を置いて帰路を走り出す。一方千生実は、脱兎のごとく駆けてゆく結人の背中を困惑したように手を伸ばしたまま、首を傾げて見つめていた。

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