第二章

第11話 後輩逢魔師

 結人が葉桜丸を自宅に住まわせるようになって、一週間以上が経った。葉桜丸の衰弱ぶりはやはり酷く、しばらくは起き上がることも難しかったが、最近はようやく起き上がれるようになり、嫌々ながらも結人の作った雑穀粥を食べられるようにもなった。


 そんな中でも、結人は毎日山へと出かけ、怨霊跋扈による瘴気祓いと怨霊の鎮魂作業に追われている。

 本日も結人は山の祠へとおもむき、山神の力を借りて瘴気祓いをしていた。


「かけまくもかしこき、山祇やまつみ比売ひめよ。天照す血潮流るる三つ火の緒のもと。産土を跋扈せし穢れを祓え給い、清め給えと白すことを聞し召せと。畏み畏みも白す」


 結人が柏手を打ち鳴らすと、祠を中心に淡い光が波紋上に広がり、辺りを漂う瘴気が泡沫の如く弾けて浄化される。

 瘴気祓いを終えた結人は小さく息を吐き、額に浮かんでいた汗を拭った。


(ここら辺の祠はお供え物もあって、信仰の慣習が途絶えていなくてよかった……最近は、鎌鼬にも梔子と一緒に葉桜丸を看てもらってるから。流石に信仰の無くなった山では、鎌鼬の風の異能がないと、僕の言霊も山神さまに届かない)


 結人が逢魔師の仕事で自宅を留守にする間は、葉桜丸のことを梔子と鎌鼬に頼んでいる。そのため、結人は今日も一人で瘴気祓いのために山々を巡回していた。


「ああ、やっと見つけた——結人先輩、ずいぶんと探したよ」


 不意に、背後から聞き覚えのある男の声が耳に入った。結人は思わず目を丸くして振り返る。


「おや。千生実ちおみ? どうしたんですか、こんなところで」

「そりゃあ、こっちの台詞だぜ。先輩」


 結人のもとに駆け寄ってきたのは、一人の男。

 焦げ茶色の短髪に、栗色の瞳。人好きのする笑みを浮かべ、葉桜丸程ではないが見上げるほどの長身に、恵まれた屈強な体格の精悍な顔立ちの青年——その名を、椎塚しいづか 千生実ちおみ。逢魔師であり、結人にとっては逢魔師の後輩にあたる男であった。

 といっても、実年齢は知らないが、千生実本人が言うには二十代半ばは過ぎているらしいので、先輩の結人の方が年下であるのだが。


 結人の隣にまできた千生実は、辺りをきょろきょろと見回しながら、にやりと結人に笑って見せる。


「流石は先輩。見事な瘴気祓い——だが、一人で山に入るのは感心しないな? 先輩が山に入ると、他の逢魔師連中がうるさいんだから。奴らを黙らせるために、俺も連れてけっていつも言ってるだろ」


 千生実はそう言いながら、結人を手招きして山の外へとくるりと身体を向ける。結人はそれに頷いて応えると、千生実の隣に並んで歩き出した。間もなく二人は、田畑に囲まれた小道へと出る。


「すみません、千生実。でも、千生実は本部の仕事で忙しいでしょう? 僕のことは気にしなくてもいいんですよ。これでも先輩なんですから」

「でも俺はあんたの後輩として、もっと役に立ちたいんだ。俺にも手伝わせてくれ、先輩」


 千生実は眉を下げ、肩を竦めて見せる。

 後輩のそういう子犬のような顔に弱い結人は小さく唸ると、鼻から息を漏らしながら笑って頷いた。


「……わかりました。では、お手伝いよろしくお願いします。千生実」

「そうこなくっちゃ! それで、俺は何をすればいい? 何なりとお申し付けくださいよ。先輩」


 打って変わって、楽しそうに笑う千生実の調子の良さに、結人は「あまり調子には乗らないように」と釘を刺すと、千生実の肘を叩いた。


「僕が今調べているのは、近頃、上河内かみがち村周辺の山々で怨霊が無数に跋扈している原因です。確かに九魔盆地は怨霊が多い土地柄ですが、それにしても最近は数が多すぎる」


 結人の言葉に、千生実は目を丸くしながら頷いた。


「ああ、それ。逢魔師連の本部でも話題になってるよ。そうか、それで忽那くつなの御館様もお忙しくされてるんだな」

「やはり、本部でも話は上がってますか」


 忽那の御館様——源三も、この異常事態の対応に追われているらしい。

 結人は小さく唸ると一つ頷いて、千生実を見上げた。


「では、千生実に一つお願いが。千生実は本部で怨霊の大量発生の件について、調べてもらえませんか? 他の逢魔師たちの情報も知りたいので」


 結人の依頼に、千生実は己の胸を軽く叩いて見せる。


「お安い御用。任せて、先輩」

「うん。頼みました。僕の方は、妖怪たちから情報を集めてみようと思います」

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