第8話 魔の王、鬼

 結人は、上河内かみがち村にある六畳一間の小さな賃貸住宅に一人で住んでいる。

 そんな自宅に先日偶然出逢った、衰弱した鬼の男を何とか運び出し、看病し始めてから三日が過ぎていた。


 外に干していた洗濯物を取り込み、部屋の中へと戻ってきた結人は、未だにこんこんと眠り続けている鬼を見下ろして、小さく息を吐く。


 鬼の人並み外れた大きな背丈では、結人の敷布団から当然足がはみ出るため、座布団を何枚か敷き、タオルケットをかけている。結人はそんな鬼のそばに座ると、心配せずにはいられないほど蒼白い顔に指だけで触れた。まだちょっぴり冷たい気もするが、初めて逢った時よりははるかに温かい。


 鬼を看ている結人の背後で、肩に鎌鼬を乗せた梔子が険のある声を結人の背中に刺してきた。


「結人。あんた、もういい加減その得体の知れない男、捨ててきなさい。具合もそれなりに回復してるでしょう。ほっといても、もう死にはしないわ」

「そういうわけにはいきませんよ、梔子。まだ、彼の身体は万全ではありませんから。せめて、目が覚めてまともな食事がとれるようになるくらいには、回復を見守らないと」

「ほんっとに馬鹿ね、あんたは……その男、厄介な匂いしかしないでしょう!?」


 呆れた声を上げた梔子を、結人は振り返る。梔子はこちらに近づいてくるとあからさまに眉を顰めて、眠っている鬼を見下ろした。


「だってこの男……どう見ても〝鬼〟じゃない。鬼は妖怪の中でも上位に位置する強大な大妖怪と同等の存在よ? 鬼は精霊や怨霊だけでなく。あたしたち妖怪でも聴くことが出来ない、神々の声も聴くことが出来る。人間からも妖怪からも逸脱した、得体の知れない連中なんだから」


 梔子は厳しい顔つきで、力強く結人に訴えかけてきた。


「何より、この九魔の地に永く棲むあたしと鎌鼬でさえ、こんな強大な存在を見たことも聞いたことも無かった……そんな奇妙な鬼、どう考えても危険な匂いしかしないのよ! だからもう、これ以上この鬼と関わるのは止したほうがいいに決まってるわ!」


 梔子が結人の肩を掴んで、小さく揺さぶる。それでも結人は首を横に振って、梔子の手を柔らかく己の手で包みながら下ろさせた。


「だからこそ、なおさら僕がそばで見ていた方がいい。他者に危害を加えるのか否か。彼がいったい何者なのかをしっかり、見極めるためにも……だめですか? 梔子」


 頑なな結人についに折れたのか、梔子は大きく溜め息を吐き出すと、腕を組んで結人から一歩離れた。


「ああ、もう! お人好しすぎんのよ。この頑固者……どうなっても知らないんだから!」

「ありがとう、梔子。やっぱり君は頼りになりますね」

「うっさいわよ!」


 つんとそっぽを向いた梔子に、結人は笑って頷いて見せる。

 すると、不意に。梔子の肩にいた鎌鼬が全身の毛を逆立たせて「シャア!」と牙を剝き出しにした唸り声を上げた。

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