第6話 鳥居原の向こう側
会場を抜け出してきた結人は己の口、鼻、額から流れ出ていた血をハンカチでふき取りながら、何処へともなく外をぶらぶらと歩いていた。
気がつけば、結人の足は自然ととある場所に向かっている。そこは、結人のお気に入りの秘密の場所であった。
それは、村の外れをひっそりと流れる川の上に架かった苔だらけの石橋。石橋には「
結人は血が止まりかけている額の傷をハンカチで押さえたまま、
「あー……しくじったな……兄さんなら、もっと上手く立ち回っただろうに」
結人は先ほどの会合での出来事を思い出して、ぽつりとぼやく。同時に、幼い頃から口が上手かった——今はもういない兄のことも思い出して、小さく笑みを零す。
今回ばかりは、いつも以上に大騒ぎを起こしてしまった。
(山に入ったことを口にしたのは迂闊だった……次からは気をつけないと)
結人は後ろに手をついて、空を仰ぐ。五月の空は、鮮やかな青がどこまでも澄み渡っていた。
(……可笑しな事だ。山神さまが女に嫉妬して荒ぶるなんて迷信を信じている癖に、逢魔師が妖怪と心を通わせることができる事実は
結人の知る山神は、女どころかむしろ、気に入った男を山に引きずり込もうとする気紛れさを持ち合わせているし。穢れていると逢魔師たちが見下している妖怪たちは皆誇り高く、人間界での鼻つまみ者である結人と仲良くしてくれる。
そういう事実を、いつか他の逢魔師たちにも知って欲しいと、信じて欲しいと結人は思った。
「……ん?」
ふと、視界の端で何か光のようなものがきらめいた気がして、結人は鳥居原の石橋の向こう側へと顔を向ける。すると、石橋を渡った先のすぐ脇の所に、見覚えのない鳥居が立っているのが目に入った。
(? ここには、何年も通ってるはずだけど……あんなところに、鳥居なんてあったっけ?)
結人は訝しみながら立ち上がると、血に濡れたハンカチをポケットにしまって、橋の向こう側へと渡った。
そして、苔むした石造りの鳥居に触れてみると、眉をひそめて首を傾げる。
(状態から見て、ずいぶんと古い鳥居だ。下手したらたぶん、数百年もの。でも、長年ここに通っている僕は、この鳥居を知らない……何かしら、術で隠されていた?)
結人は深い思考に耽りつつも、鳥居の向こうに向かって片手を伸ばす。すると、鳥居の向こう側に触れた手がとぷんと空間を波打たせて、半分消えてしまった。思わず目を瞠った結人が、更に腕を伸ばしてみる。そうすれば、結人の腕はするすると鳥居の向こう側に進むごとに消えていった。
「これは……結界? 鳥居の向こう側は、どこか、別の場所へと繋がって……?」
小さく呟いた結人は一度息を吞むが、すぐに短く頷いて即決した。
(未確認の結界……逢魔師として、調べないわけにはいかない)
結人はそのまま、いざなわれるかのようにゆるりと歩み出し、鳥居の向こうへと消えた。
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