第5話 夜叉の逢魔師

 鋭い目を大きく見開いて、源三がおもむろに結人を振り返る。結人は口を噤んで一つ間を置くと、大きく頷いて見せた。


「はい。入りました」

「この阿婆擦れが!」


 途端に、結人は源三によって殴り飛ばされた。結人はその場に倒れ込み、鼻と切れた口の端から血がぼとぼとと垂れて落ちる。

 源三は目を吊り上げて結人を見下ろすと、激しい剣幕で怒鳴り散らした。


「山には入るなと、何度言やぁわかる!? 山神は女を嫌う神だ! もし、山神の気に触れでもして、荒ぶらせてみろ! 怨霊を鎮めるどころの手間じゃ済まねぇんだ! それを解ってやってんのか、てめぇは!?」

「……重々、承知しております」


 結人は起き上がると、血を垂れ流したまま、その場に跪いて源三に首を垂れる。源三の怒声を聞いた他の逢魔師たちからもどよめきが起こり、結人を罵倒し始めた。


「夜叉っ子が山に入っただと!? ああ、何と馬鹿なことを……!」

「これで土砂崩れでも起きたら、全てお前のせいだ! 山神の怒りは恐ろしいぞ……」

「これだから、厄しか運んでこない夜叉は!」


 結人は黙って数多の罵倒をその身に受ける。そして源三が結人の目の前まで近づいてくると、持っている杖で結人の横っ面を叩いた。


「愚か者が……! そもそも、妖怪と手を結ぶことも言語道断! てめぇ、妖怪共に逢魔師が受けた仕打ちを忘れたわけじゃねぇだろうな!?」

「……」


 結人はひたすら沈黙する。構わず源三は、結人に向かって怒号を上げ続けた。


「十数年前……どこぞの鹿が、妖怪と契約を交わして殺された! 自分の嫁も道連れにな! あれほど妖怪なんぞには関わるなと言いつけておいたというのにだ! 身に染みてそれを知っているだろうが、てめぇは!」

「……」


 結人は密かに唇を嚙み締める。

 源三の言う「馬鹿な逢魔師」とは——結人の実の父親のことだったからだ。


(父さんと母さんは確かに、妖怪に奪われたのかもしれない……でも、僕に唯一残された〝兄さん〟を無理やり九魔の外に売り飛ばした逢魔師を、あなたたちは見て見ぬふりをしたじゃないか……!)


 今はもういない、自分の肉親たちを思って結人は声を上げそうになるが、何とかぐっと堪えた。

 源三の言葉に便乗して、他の逢魔師たちも結人へと更に罵詈雑言を吐き散らかす。


「妖怪に呪われた一家の生き残りめ!」

「妖怪に心を許すなど、頭がおかしいのか!? 時代錯誤にもほどがある!」

「逢魔師を騙る! この、呪われし夜叉っ子が!」


 とうとう、罵詈雑言と共に、物までが結人に飛んできた。

 結人の頭にお茶の入ったティーカップがいくつも投げつけられ、パリン、と割れて破片が結人の額を切り、被ったお茶と共に、また血が流れてゆく。


 いよいよ、結人を中心に、ただならぬ喧騒が起こりつつあった。


 結人は未だに物を投げつけられながらも素早く立ち上がり、源三へと深く頭を下げた。


「騒ぎとなってしまい、申し訳ございません。御館様。ですが、先ほど報告させていただいた件につきましては、どうかもう再びお考え直し下さい。……では、僕はここで失礼いたします」


 それだけ言い残して、結人は投げつけられる数多の物をようやく躱しながら、会場の中を一気に駆け抜ける。

 会場を抜け出した結人は、血が滲むほどに唇を嚙み締めたままであった。

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