第4話 逢魔師連合会

 逢魔師連合会——通称「逢魔師連」は、九魔きゅうま盆地を本拠地とした逢魔師たちによる国立組織である。九魔盆地は千年以上前より逢魔師の間では「呪われし大地」と伝承されるほどに、怨霊や祟りの神といった、呪いや瘴気を生む脅威の存在が無数に跋扈していた。


 そのような存在を鎮めるため、逢魔師たちの多くはこの九魔盆地に太古から住みつき、妖怪たちや産土に根付く神々の力を借りて、呪いや祟りと共に密かに生きている。


 十五歳の時に逢魔師となり、今年で十八歳となる結人は、この時代ではほとんどいない、今や消えつつある元来の逢魔師の伝承を引き継いで守る——所謂「古ぼけた逢魔師」であった。


 ◇◇◇


 仁原山を後にした結人は現在、逢魔師連の会合の会場となっている、上河内かみがち村でも唯一の洋館である、大きく立派な屋敷を訪れていた。


 上河内かみがち村は九魔盆地の中でも山奥に位置する田舎だが、会合の会場となっているこの洋館のように、立派な屋敷はいくつか点在している。つまり、国から与えられる逢魔師の稼ぎがそれなりに良いのだ。

 それほどまでに、この「呪われし大地」とされる九魔盆地は、公には固く秘匿されているとはいえ、国にとっては絶大な脅威なのである。


 また見ないうちに豪奢になった洋館の広間を見回しながら、多くの逢魔師たちが立ち話をしている中。結人は、とある人物を探していた。


「おい、あれ……櫛笥くしげ家の〝夜叉っ子〟じゃねぇか?」

「ああ、そうだ……見てみろよ、あの目。呪われた血の色だ。女のくせに無理やり逢魔師になるから、九魔さまに呪われやがったに違いねぇ」


 ふと、周りの逢魔師たちが結人を見るなり、着物の裾で口元や鼻を覆い隠して、じろじろと侮蔑の視線を刺してきた。無論、陰口も叩かれる。

 強い見鬼の才を持つ者は、生まれつき瞳の色が異様な色となっている者もいる。血の色のような瞳をしており、女の身でありながら、史上初めて逢魔師となった結人は他の逢魔師たちに「夜叉っ子」と呼ばれて蔑まれていた。


「あいつ、妖怪とつるんでいるらしい。今時、妖怪なんぞと契約を結ぶなんて……流石は夜叉っ子。呪いの種を自ら運んでくるとは。はた迷惑な話だ」

「まったくだ。妖怪など、穢らわしい」

「まあ、あの夜叉っ子自体が酷く穢らわしいからのう。低俗な者共同士。そう、変わらんか」


 結人が「古ぼけた逢魔師」と言われる所以はこれだ。妖怪の数が少なくなったこの時代では、逢魔師が妖怪と契約を結ぶことは稀な時代となっていた。今では妖怪は穢らわしい存在とされ、かつて存在したはずの逢魔師と妖怪の交流は急激な時代の流れと共に完全に途絶えつつある。


 ひそひそと結人を見て陰口を叩いている逢魔師たちだが、逢魔師となって数年経った結人にはもう慣れた光景だ。結人は変わらず、とある人物を探していた。


(……! いた。御館おやかた様だ)


 結人は人だかりの中にようやく、目当ての人物を見つけた。

 それは、老いた男だった。羽織袴をかっちりと着こなし、白髪でほとんどが染められた頭髪さえも整髪剤で綺麗にセットされている。眉間に深く刻まれた皺と鋭い目が相まって、子どもが見れば途端に泣き出してしまいそうなほどの厳めしい顔つきをした、その老いた男の名は——忽那くつな 源三げんぞう


 逢魔師を太古より数多く輩出してきた名家、忽那くつな氏の現当主であり、逢魔師連合会会長。つまりは、逢魔師たちの権威のトップである。

 そのため、源三は逢魔師たちから「御館様」と呼ばれていた。

 結人は源三の姿を見つけるなり、人混みの中を縫うようにするすると足早に歩いて行って、源三の前へと進み出た。


「御館様」


 結人が源三を呼ぶ。すると、源三はただでさえ鋭い目つきを更に険しくして、結人を睨んだ。


「……櫛笥の夜叉か。勝手に我らの会合に忍び込みよって。儂はてめぇを逢魔師と認めた覚えはねぇぞ」

「御館様。ですが、櫛笥家の当主さまには直々に逢魔師と認めていただけました。〝九魔五家荘きゅうまごかしょう〟のいずれかのおいえに許しを得ることができれば、如何なる者も逢魔師と任ずる。それが逢魔師の掟でございましょう」


九魔五家荘きゅうまごかしょう」とは、九魔盆地を代々守り継いできた逢魔師の五大名家のことを指す。無論、忽那氏は九魔五家荘の筆頭となる名家だ。

 結人が恭しく頭を下げると、源三は険のある低い声で唸るように口を開く。


櫛笥くしげの馬鹿共が認めようが、女は逢魔師にはなれん。女は男の世界に入ってきていいもんじゃねぇんだ」

「今の僕は男です。逢魔師として生きる時は、男となると。そう、逢魔師になる際に誓いを立てました」

「ハッ。屁理屈が上手ぇところは、とことん女のさがが働いてやがる。女のくせに、見苦しい恰好までしよって。目に入るだけで気分が悪ぃ。失せろ、糞以下の夜叉が」


 源三が鼻を鳴らして、吐き捨てるようにそう言うと、結人に背を向ける。結人は下げていた頭を素早く上げて、その場を離れようとする源三の背中へと大きく声を張った。


仁原山にわらやまに、怨霊が跋扈しております。その周辺の山々も同じ状況です。怨霊から生じた瘴気により、妖怪たちや木霊が多く死に絶え、更に瘴気が増しつつある悪循環となっているのです。このままでは、人里にまで瘴気が生じ、怨霊が降りてくる可能性があります」


 源三がピタリと足を止める。結人は続けて声を上げた。


「無数の怨霊を鎮めるには、妖怪たちの協力が不可欠です。我々逢魔師だけでは、山神さまの力を借りるのにも限度があります。ですから、いにしえの頃のように。妖怪たちに協力を仰ぐべきと……」

「てめぇ、山に入ったのか?」


 結人の声を遮った源三の声は、微かに震えていた。

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