第2話 逢魔師とまろうど

 結人は倒れている化け狸たちに歩み寄ると、その場に膝をついて化け狸たちの具合を診る。化け狸たちは皆、辺りに蔓延っている瘴気の影響で、衰弱しているようだった。

 衰弱した化け狸たちの身体をさすってやりながら、結人は眉根を寄せたまま、大きく声を張った。


梔子くちなし。出てきてください」

「やっと来たわね」


 結人の声に応えたのは、華やかな女の声。すると、近くの木陰からぬるりと、一人の女が現れた。鮮やかな黄色の髪を結い上げ、暗めの赤色に唐花模様の着物を身に纏った美しい女——しかし、彼女の結い上げられた後頭部の髪の中には、もう一つ「口」がある。彼女、梔子は「二口女」と呼ばれる女妖怪であった。


「〝まろうど〟を待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」


まろうど」とは、逢魔師と契約を結んだ妖怪のことを指す。「賓」となった逢魔師と妖怪は対等な立場と成り、互いの生命力や異能の力を分かち合うことができる、いにしえから伝承されてきた逢魔師の契約術であった。梔子も、結人の「賓」の一人である。


「ほんと、結人はのろまなんだから」


 梔子がそう毒づいてこちらに歩いてくると、鮮やかな黄色の髪を自在に操り、結人の肩を髪で叩く。結人は小さく笑いを零すが、すぐに真顔になって背後にいる梔子を見上げた。


「それで、この辺りでは何が起きているんです?」

仁原山にわらやまに怨霊が跋扈してるのよ。そのせいで瘴気が生じ、この辺りに棲む妖怪たちや木霊こだま、獣たちが次々に瘴気にやられて死んでいってる。死者が増えると、また瘴気が生じて……みたいな悪循環になってるわ」

「なるほど。またですか」


 死者の魂は、山の上の遥か彼方に昇ることも多い。そのため、山は死者の負の念や、はたまた怨霊までが跋扈しやすい世界とされる。

 結人は片手で口元を覆って、思考に耽った。


「怨霊なんて、そうそう現れるものじゃないはずなんですが……」

「とにかく、仁原山もあんたの逢魔師の術で瘴気を祓うしかないでしょ。逢魔師は大変ね。産土神うぶすながみさまだけじゃなく、山神やまがみさまにも媚び売らなきゃいけないんだから」


 梔子の言う通り、逢魔師は鬼や妖怪といった「魔の者」との取引だけでなく。「産土神うぶすながみ」とも呼ばれる、所謂その土地に太古より根付く土地神や山神というような、「神々に仕える」役割も担っていた。

 結人は倒れている化け狸たちを撫でてやると立ち上がり、梔子と心配そうに控えている案内してきてくれた化け狸たちを振り返った。


「じゃあ、僕は仁原山の山神さまにまみえてきましょう。山神さまにお願い奉れば、瘴気祓いも容易くできます。化け狸の皆さんはしばらく、瘴気で弱っている同胞の方々の介抱をお願いできますか?」


 結人の言葉に、化け狸たちはうんうんと何度も頷いて見せる。


「わかりました、逢魔師どの。どうか、どうか! 瘴気のお祓いをお願いします……!」

「お願いします、逢魔師どの!」

「われわれをお助けください、逢魔師どの!」


 結人はまた化け狸たちの前に跪いて、彼らの頭を撫でてやると、素早く立ち上がって歩き出しながら梔子に声を掛けた。


「行きましょう。梔子」

「まったく、賓使いが荒いのよ。あんた」

「僕の賓のヒトは、皆頼りになりますから。つい」

「よく言うわね。古ぼけ逢魔師」


 こうして結人と梔子は、雑木林のさらに奥にある仁原山に繋がる入り口へと向かった。

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