第一部 薫る古都にて少年は言う(3-6)

 いつだったか、家督の話になったことがある。

「筋が良いって。三男だから家督を継げないのがもったいないって言われたよ」

 珍しく父に褒められ、気をよくした颯がそう話したのだった。

「それはええこっちゃね。自分は小柄ではしこいさかい、余計忍びには向いとるんちゃいますか」

 小柄と言われて多少傷ついたが、蝶乃よりはいくらか上背があったし、何より一緒になって喜んでくれているのが嬉しく、颯は照れた笑いを浮かべた。

「蝶乃は?」

 颯は彼が長子なのか次子なのか、他に兄弟があるのか、舞の家ではどのように跡継ぎが決まるのか、なにも聞いたことがないのにそのとき気づいた。

 町を抜ける風がさあっと頬を撫でる。蝶乃の髪に飾られたひなげしが、ふるふると揺れた。

 風を見ようとするように目を細め、翻る髪を押さえて蝶乃が振り返る。紅い唇がまた、悲しげな笑みを浮かべていた。

「うちは上に兄が三人も居てるんよ。せやから、飼われるだけやね」

「え」

 意図を掴みかねて聞き返した颯に、少年はふふっと笑ったのみで、すらりと伸びた背筋を見せて再び歩き出した。

 囲われ仕舞われ飼われた小鳥は幾度、羽を手折られなぶり者にされたのだろう。彼の微笑はそれを静かに受け入れようとする姿勢であり、女じみた扱いへの拒絶は、せめてもの自尊心であったのかもしれなかった。

 見てはいけないものを見、知ってはいけないことを知って、覚えてはいけない感覚を覚えた。

 その罪悪感に、颯は胸の塞がる思いがして、眠れぬ夜を過ごした。


***

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