第一部 薫る古都にて少年は言う(3-4)

 ふと目をやると、風呂敷包みが置き去りにされている。考えるまでもなく蝶乃の忘れ物だ。常々、後生大事に抱えて持ち帰っているものだから、失くしたとあっては家の者に叱られるのではないか。

 『古都』ではどこの家も、親の折檻は酷いものだ。あんなに具合が悪そうな蝶乃が手を上げられては、それこそ身体を壊しかねない。

 慌てて身を起こすと颯はそれを手にして後を追った。

 土塀や生垣に囲まれた大きな屋敷ばかりが軒を連ねる『古都』では、道は舗装されておらず、草鞋に蹴られた地面から白茶けた土が舞う。藍染めの小袖と白い脚絆で風を切り、颯は駆け抜け、角を曲がった。

 やや狭い路地に入り、少し行けば蝶乃の屋敷がある。

 柿葺き屋根の門に手をかけたが、閉まっていた。透かしの扉の向こうに広い間口の玄関先と庭木が見える。しかし蝶乃の姿はない。

 すでに家の中へ帰ってしまったようだ。

 颯の家では他家をおとなうことは禁じられている。と言うよりも、他家との交流自体を避ける習わしだった。影に徹する忍びの本分ということかもしれない。

 颯が勝手にしている蝶乃の送り迎えも、そういう意味では本当はよくないことなのだった。だから颯もおおっぴらに家の者に話したりはしていない。聞かずとも知っているのかもしれないが、だとすれば所詮、三男坊ということで大目に見られているのだろう。

 いずれにせよ、門前で声を張って家人を呼びつけるわけにはいかなかった。そうでなくとも、家人に見つかったのでは蝶乃が忘れ物をしたのが知れてしまう。結局怒られるのでは意味がない。できればこっそり、彼に荷を届けてやりたかった。

 屋根を越えて侵入するのは簡単だったが、さすがに人様の家でそれは憚られる。試しにすぐ横のくぐり戸を押すと、あっさりと開いた。呼び鈴すらなく、屋敷ごとに広い前庭や敷地を有する『古都』では、むしろ当然である。

 颯はなるべく静かにくぐり戸を抜けた。

 問題はどこに彼が居るかである。よもや玄関先から屋内にまでも侵入して探しまわるわけにいかない。鍵が閉じている可能性もある。

 すぐに見つかればいいがと願いつつ、颯は足音を忍ばせ、庭伝いに裏手へ回った。

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