第一部 薫る古都にて少年は言う(3-1)

 からころと下駄の鳴るのを聞きつけて、颯は塀の上の瓦屋根を伝い歩いて表へまわった。

 以前は門前で待ちぼうけをしたり、ちまちまと何度も外の様子を見て蝶乃が使いに出るのを待っていたが、最近ではその必要もない。鍛錬を積み、修行に集中している最中でも、微かに聞こえてくる彼の足音を耳にすることができた。

 蝶乃は週に二、三度使いに出かけていく。行き先はさまざまだったが、大抵行きしなは空手で、帰りは風呂敷包みを抱えていた。

 何度か持ってやろうとしたが、

「いややわ。女やないんやから、これくらい自分で持てます」

 そう言って、

「お行儀やから両手で抱えてますけど、ほんまは軽いんやで。ほれ、この通り」

 と付け足し、結び目を握ってちょっとだけ片手にぶら下げて見せた。

 怒られてまうわ、と再び両腕に抱えなおしながら、首をすくめてチロっと舌を出す。悪戯っぽいその仕草は、それこそ少女じみていると颯は思ったが、口にはしなかった。

 出会った時分よりますます美しくなり、髪も長く伸ばして高い位置で括り、束になった毛がしゃなりしゃなりと背に揺れる振り袖姿は、以前にも増して女性的要素を多く含んでいたが、そのように扱うと少年は切りそろえた前髪の下で、黒い瞳を曇らせるのだった。

 颯としては袖の長い着物は不便だろうし、下駄履きの足も歩きにくかろうと少しでも手伝いたいだけなのだが、蝶乃はつねにやんわりと断った。水干にくくり袴を穿き付け、高下駄を履いたときですら少年は手出しさせない。背筋の伸びた歩き姿は、確かに助けなど必要なくも思われるが、一抹の寂しさもあった。

 実際、忍びとして日々腕っ節を鍛えている颯には及ばないまでも、蝶乃の力は案外に強い。

 過去に一度だけ、颯は口論から彼に手をあげかけたことがある。颯はそれをぐっとこらえたが、逆に蝶乃にひっぱたかれた。鼻血が出るほど強烈で、白絹を押し付けて走り去っていく背中を呆然と見送った。

 喧嘩の原因はなんだったろうか。

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