第一部 薫る古都にて少年は言う(2-2)

 金木犀の浮かぶ檜の内湯につかり、ほうと蝶乃は息をこぼす。

 夕食にありつけないことは珍しくなく、腕も足も痩せてほっそりとしていた。それでいて舞の型は筋力を要し、まずければ何度もさらわされる。

 太くならずに筋張った身体は、蝶乃にはみっともないように思われた。食事、睡眠、運動、そのどれもをしっかりと摂り、健やかにしなやかに育つ颯の体躯のほうがよほど美しい。

 出会った頃は少しばかりの差だったものが、今では颯のほうが頭半分以上も背が高くなっていた。同じ年なのに身も心もまるで違っている。

 泣きたくなって、蝶乃はぽちゃんと、湯に顔を沈めた。湯面に広がる黒髪に、金色の小花がたゆたい絡む。

 散る花は潔い。

 風呂をあがって髪を拭きながら、ぱらと床に落ちたオレンジ色を見て、蝶乃はまた溜息をついた。脱衣所の籠に畳んで置かれていたのは、女物の着物一式。

 通常、舞の披露目には水干をまとう。それが用意されていないということは、舞の仕度の必要すらないという意味だ。ならばなんのために稽古をしているのか。

 披露の場もなく舞の伝統を受け継ぎ守るだけのあり方に、虚しくなりそうな気持ちを抑えて、蝶乃は手早く着付け、前に長く帯を垂らした。

 薄藍に灰の波文様。

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