第一部 薫る古都にて少年は言う(1-3)

 以来、ちょくちょくと顔を合わせるようになり、いつからか蝶乃が使いに出るときは送り迎えをするようになった。

 時は重なり、すでに出会いまでの歳月と出会ってからの歳月が、同じくらいになろうとしている。互いに稼業があるから、待ち合わせて表で走り回ったり、家を訪ねて遊ぶようなことはない。着かず離れず、顔を合わせば話をして笑いあうような関係が続いた。

 しかし年頃になった颯は、あの日に覚えた鼓動を初恋だったのではないかと感じ始めている。

 男同士で馬鹿げた話で、到底口にはできないが、思うくらいは自由だろうと考えていた。別に何をしようというわけではない。そういう欲望を持つにはまだ幼いと自覚している。

 見送った颯はふと足元に目を向けた。

 オレンジ色の小さな花が落ちている。屈んで指につまんだ。

 金木犀の花だ。おそらく蝶乃の着物にでもついてきたのだろう。

 この近辺は特に薫香の強い辺りだった。そこかしこに庭木として金木犀が植えられている。その下には、はらはらと零れた花が地を黄金に染めていた。

「散る花は美しいてええね」

 桜の頃、蝶乃は薄紅の花びらを目で追いながら、そう言ったことがある。

 うっとりと目を潤ませ、淡く笑みを刻んで春風に吹かれるさまは、消えゆきそうに儚く思われた。咄嗟に白い手を掴んだのを颯は覚えている。驚いて振り向いた少年は、なぜか悲しそうに微笑んだ。

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