第16話

勝手にお許しを得たと捉え、もっと近寄って久住さんの身体に擦り寄った。


久住さんはスマホを触るだけで私を疎まない。


「暑くないですか?」


「……」


「なんですか、その顔」


「寒いって言ったら悪化しそうだなと思って」


「もちろんです!」


お許しどころか更に近付くことを許可され、幸福で満たされる。


だけど、幸福と不幸は表裏一体で、いいことが続くと悪いことが待っているというものだ。


不意に久住さんのスマホが' ピヨ〜 'と間抜けに鳴いた。可愛い通知音にしようと私が変更させたのだ。そして見たくなくても勝手に視界に入ってしまった通知は、私が知らない人からのものだった。



〈置いて帰るのさすがに酷くないですか?〉



一緒に出ようって言ってたのに(笑)と添えられたその文面を久住さんは親指ひとつでひょいと消してしまったけれど、私は差出人を見てしまった。


" 花江 "という名前は、間違いなく女性の名前だ。


そのひと、誰ですか?


と、言えたらどんなに楽だろう。口に出せない疑問を飲み込んで、糸口を探す。



「……そういえば、飲み会、楽しかったですか?」


おそらく、一緒にいたであろう情報から話を繋げてみれば「仕事上の飲み会、楽しいと思う?」と、久住さんは質問で返した。


でも、私といる時の久住さんは、本を読むかスマホを触るか、テレビを見るかえっちするか、この四択だもんなあ……。


別の彼女といる時の久住さんはどうなんだろう。

もうすこし楽しそうにされているのかな。


私がモブだとすれば、彼女たちはボスレベルってところかなあ。



「私といるより楽しいんじゃないですか?」



疑問の代わりにたまらず卑屈を吐き出すと、久住さんは私を一瞥し、それからスマホへと視線を戻した。


「羽仁と一緒の方がマシだから帰ったんじゃないの」


「そうなんですか?」と言えば、「そうなんじゃないの」と久住さんは普通にしているけれど、私は、気づいてしまった。



気づいてしまったのだ。



「ふふ、飲み会に勝ちました!」


「おめでとう」


「ありがとうございます!」


そう言って遠慮なく久住さんに抱きついた。今なら、別のボスがこの部屋に来ても立ち向かえるきがする。


久住さん。ねえ、久住さん。


私たち、今日、約束なんてしてないですよ。


それなのに、久住さんは私がここに居るってご存知だったんですね。


てことは、そういうこと……ですよね?



久住さん、わたしの居場所、見たんですよね?




それとも、たったあの一言で私の行動を掌握しているのならば、とんだ策士です。


でも、久住さんの策ならば、たとえ分かっていても私は知らないフリをして、乗ってしまうから、別にいいんです。


だからもっと、私を久住さんが好きなように、可愛がってください。


──約束ですよ?


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揺らめいて、ハニー 咲坂ゆあ @yua121sksk

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