第15話

それからは早かった。


肩をとんと押されてソファーに倒れ込むと、涼しい顔をした久住さんに見下ろされる。何回こんなシチュエーションに晒されても、私の心臓は意味無く高鳴ってしまう。



「ゴム、残りひとつだから、羽仁が何回かイッて挿れる」


私の世界の秩序は久住さんで、私は世界の秩序を重んじているので、いつの間に残りひとつになったんだろうっていう疑問よりも、何回、という疑問が先に来てしまう。



「何回がいい?」



自身の人差し指で私のくちびるを摘んだ久住さんが囁く。私は惑う。


「い……1回」


「はえーよ」


「……じゃあ、三回、で……」



私はいつも必死だ。だから平均が分からずに、適当な数字を並べたのだけど、正解かわからない。


答える代わりに華奢な二本の指を口の中に押し込まれた。指で舌を押されると、少し苦しくて唾液が零れてしまう。


久住さんが微笑む。その微笑みひとつで安心してしまう私は、一体、なんなのか。



「じゃあ、中と外で、三回ずつね」


「……、」


「羽仁の言うこと聞いたら、お仕置にならないでしょ」


「……」



──長い夜の始まりを感じた。


頭がぼうっとする。身体のあちこちがじんわりと熱を帯びて、重たいからだを動かすのが億劫な私は、ベッドに横たわっていた。


抱き抱えられてベッドに移動されたのはいつだったか分からないし、ベッドでは両腕の動きを奪われている状態で、視界まで奪われた。真っ暗な世界で快楽だけを与えられ続けて、いやだいやだと泣き喚いた気がする。


──久住さんはどんな顔で私を抱いていたのだろう。


今はもう、スマホを片手に誰かへメッセージを送っている。その横顔を見つめて、縛られていた手首をなぞった。



「(痛い……)」



クラブに行ったことがお仕置ならば、久住さんにとって、独占欲のようなものが働いたのだろうか。


「(そうだったら嬉しい……)」


ちらりと視線を移動させた。まだ久住さんの興味はスマホのままだ。よくある事なので慣れているけれど、たまに寂しいし、もうすこし構って欲しいと思うのは果たして高望みなのか。



「(ゴム、誰に使ったんだろ)」



遅れてやってきた、あまり考えたくない現実。


" 彼女としかシない "


これは久住さんのポリシーのひとつだ。当たり前なこれを守れない人っていうのは案外多い。


ということは、私の他にも彼女がいるのかな……。


何されても良いって言ったのは私だけど、他に彼女を作られるのは、やだな。


今までもなんとなく、別の恋人が居そうだなと思っていた。


記念日は一緒に過ごしただけ。誕生日だって「そうだった」「じゃあ今から何か買いに行くか」と、当日プレゼントを買いに行き、運良く残っていたケーキをその帰りに購入する、と言った流れが普通だった。


記念日や誕生日は別に覚えられてなくてもいい。私がアピールしたら良いだけだもん。前回も前々回の記念日も、私が勝手にプレゼンして私が勝手に祝った。今年の記念日も勝手に計画を進めている。


それよりも、久住さんの脳内ストレージには、もっと有益な情報が残されていて欲しい。


別の恋人の件だってそうだ。久住さんは素敵な人だから、好きになる理由もわかる。10個言えと言われれば、100個くらい言える。


寧ろ、私が久住さんを独り占めして申し訳ございません、という心境である。


私は同担歓迎勢だったらしい。


それでも、久住さんが私と一緒にいてくれる、私に費やしてくれるいまだけは私が独占してもいい時間だと捉えているから。


「……なに」


久住さんの身体に腕を回して抱きつくと、至極面倒そう(この顔も素敵です)な表情で見下ろされてしまった。


「好きアピールをしてます」


「あっそ」


ウザそうにするだけで、私の腕を振り払わない久住さんが好きだ。

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