【肆】寝る子はよく育つがタイミング


今の状況を三人称視点から説明すると

───青年が、泣きながら少女に覆い被さっている。


片割れであり邪悪である少女に。

片割れであり善良である青年に。


今こそ犯罪者と言う絶好と言える機会だったが、しかし、少年は、青年の頭を、優しく撫でた────邪悪さ一欠片も残さぬ顔で。


そして、そんな二人の後ろには、蝿が蠢いていた。

足を這わせ牙を丸出しにしただ静かに─────

静かに殺意を持って、近づいていた。


しかし───

その接近は直ちに行えなくなる。

何故かと言えばこの蝿は数秒後、祓われるからである。


怏々おうおう、片割れが片割れと逢引あいびきかい?良い趣味してんねえ、それも」


天井から、男の声が聞こえた。青年は振り向く。

気怠そうで嫌味そうで聞くだけで疲かれそうな、聞疲きつかれそうな声。


「敵の後ろでさ。」


「ソイツは"マクボウ"。───ああ、そうだね、マクって言うのはハエ目ヌカカ科の虫の名前、蠛蠓まくなぎ。それの蠛。それでなぎぼうとも読める。そしてぼうは別の読み方もできる。コイツは記憶を食い物にしてね、もう一つの意味は───ぼうだ。」


「忘れられた、記憶に関連するものには火がよく効く。写真を焼いて消し去るように────虫ともなれば更に、だ。」


あのガラクタの山とは、また別の天井の隙間から男が落ちてくる。

着地地点は、蝿の真上。

雲は過ぎ去り夕焼けで、男は照らされていた─────

その中でも手元は一層照らされていた。

ライターだ。


妖怪の背中際で、火を付ければ───それは燃えかす残さず、たちまち燃えて無くなった。そして今、妖怪が消失した───無くなったタイルに着地すれば。


「どうだあい───妖怪擬き。ああ、先に名前を言っとこう。」


「俺の名前は───」


〈SCENE 012〉


さてさて。

ここからは、僕の語りに戻る。

困惑した読者の方々には深くお詫び申し上げるとし、

そして僕と言う妖怪の主観でここからは語らせていただく。


僕たちはその男に引き摺られて、シャッターがつっかえ棒で半ば無理やり開けられてあった、とある一軒の廃れた店に共に入った(ここに来る前には既に脱出の高さが足りていたため入らなかったから、初めて入る)。

中にはまた仕切りがある。

左から窓ガラス、押し戸の扉、窓ガラスとあって、左右の窓ガラスには内側からボロボロのダンボールが貼られてあった。


どうやら書店のようだった。

壁にはあたかも、数十冊も本が入るようなスペースがあった、が。中には何もなく、あるのは暗闇だけだった。

もう店として意味を為していない。


そしてそれをこの男が使う、とんでもなリユースを行われている現場でもあった。

男は、レジカウンターでであったであろう出入り口から正面の長机にひょいと腰掛け、髪が揺れる。

猫背の姿勢でだらしなく座っている。


男についての見た目。


───《書生しょせいの様な男》だった。

着物の下に袴───そして布の羽織はおり

服装は書生と言っても、なんら差し支えなかったが、しかし顔が悪かった。いや、醜男ぶおとこと言うわけではなくてむしろ良い方で───

そう、悪巧わるだくみをしているような、そんな顔をしていたのである。

艶のある黒髪は、どうやら纏められているらしい、本来はもっと長いのだろう。


そして一番注点するべき、男の名前。

熊野くまの 嗚尊みこと》である。


とそんなところで説明して。

男が口を開くところで、今に至る。


「さ、如何どうしてこんな事になってるのかは、見当けんとうが付いてるかな?否。付いてるならば、こんな問題にはならない。そうだろ?」


どこか嫌味いやみったらしく、くどく、胡散臭うさんくさい。

言葉がねばついているような、煙草たばこの煙がへばりついてるような、そういう胡散臭さとかくどさがある。喋り方の雰囲気はそれくらいだ。

声質については、低い声ではあるが濁音を感じさせない良く通る声であって、まさかあそこまでの


そんな事を把握して僕は。

素材の良さに感嘆しながらも工夫を凝らせばここまで嫌な感じになるのかとも感嘆していた────

いや、感嘆してる場合ではない。簡単に淡々と話が進んでいる。僕は声を出す。


「え、えっと」


言葉を出さなきゃ意味がない───とはわかっているけども、やはり相手のペースにしか乗せられない、しどろもどろの僕がいた。そんな、しどろもどろの僕の横には少女がいた。


「んー。」


可愛らしい体育座りだった───この寂れ閉まった書店の床はかなり汚いはずだったが、そこら辺は気にしない主義の様だったが、どうやら、やはり男───熊野については気にせずにはいられない様だ。渋い顔もしているし、考えている様な唸り声も上げている。


「いい感じの顔してんねえ」


「まあ《妖怪擬ようかいもどき》からすりゃあ知らない、《優しい専門家の青年》が怠そうに、しかも偉そう話してる訳だから、そーんな顔にもなるのもわかるけどね」


そうだ、《妖怪擬き》。

熊野は僕たちの事を───

片割れの青年と片割れの少女 あいを、妖怪だと───

妖怪擬きと呼んでいた。

やはり僕たちは妖怪なのだろうか。いやでももどきってことは似ているような存在と言う意味でも────いや、偉そうに怠そうに話している事は自覚しているのか。ぜひ直してほしい。


「はぁぁ。」


しかしそんな思いとは裏腹に、これ見よがしに、深い、呆れたようなため息を吐く────確かに僕が、僕たちが顰めっ面気味の表情をしていたことは許して欲しいが、どうやらため息の原因はそれではないらしかった。


そうじゃなきゃ彼は、熊野は身を乗り出し見据えて、言い聞かせるように彼は話さなかったからだ。


「君達は罪を償うんだ。」


時間が経てば、地球は動く。

窓ガラスに貼られてあった、ダンボールの剥げた部分から、橙に染まった光が差し込んで夕頃なのを把握することができた


一つ言い忘れていたが、熊野の瞳の色は、茶色だった。


喋り方に話し方に似合わず、澄んだ光を持った────

真摯さを持った茶色の瞳。


罪を、償う───何のだろうか。

聞かねばわからない───聞くしかない。


聞かぬことには分からぬ。


始まらぬ。


〈SCENE 013〉


「罪。そうだね、君達からすると皆目見当も付かないってだろう。まあ、そこについては説明はしない。ただ、君達には、あの君たちを切った妖怪を追う理由があるし責任がある」


《君たちを切った妖怪》。

片割れにしてしまう妖怪───それを追う。

僕らからすると皆目検討付かずの、専門家の言う理由と責任のために。


「追わなければ君達は一つに戻れない」


「だから、僕の所に来な、妖怪擬き」


そう語った後、一拍置く。

妖怪だと言うのは初耳だがやはり、夢の中でも見た通り僕らを切った者がいた────それは事実だった。

空間が気まずさの余る無音で満たされる。


「ああ──は」


仕方ない、とりあえず、細かい事は気にせずここは頷いておこう───空気の清浄化含め


「んー。ねね。熊野さん。正直、そんなこと言われてもわかんないし。メリットあるかな、って所なんだけど大丈夫?」


えっ。


「ぃえっ」


その何気なさそうな少女の発言によりそう小さく声を、心の中含め心の外でも出してしまった。藍が尖って、じとーっとした目でこっちを見る────いや、しかしここはお兄ちゃんとして、保護者として注意しなければ。


「いやいや!一応、助けて貰ったわけだし、それに進行的にここで頷いとかないと───」


「お兄ちゃん、そんなのだから私に好き勝手されるんだよ?」


確かに───今まで従ってきて、下手に出て良かったことが一つもない───いや今も言いくるめられようとしてるではないか、でも。


冷静に、仁義とか、恩義とかを無視してみれば───聞き入れず従わないのはむしろ普通である。《追うだけでいい》それさえ教えてもらったのだし、それで終わり。

知らぬ他人と行動をするのは危険だ。


本当の正解は去ることだったのかもしれないそうとなればいち早く去ろう────そう、立とうとしたところそこで引き止めてくる。


興味で引き止められる。


「何だか、難しく、話の掴みどころがないって顔をしてるね。じゃあこうしよう。あーあー」


「俺がお願いすることはぁ〜、あの妖怪を追うことぉ〜!

 捕まえれるまで匿ってあげよ〜〜〜!!

 捕まえたら元に戻る方法を教えちゃうっ!

 ・・・・・・まぁ〜?一人で全部できるって言うならいいけど〜」


突然のギャップに脳が拒否反応を起こす───《また操られてる》なんて言われても、これに関しては、これに興味を持たない方が無理がある。肩をくねくね揺らして、少女の如く指を小さく突き合わせて、口を尖らせながらそんなことを言う書生の男は見た事がない。


えっと、冷静にまとめよう。

捕まえるまで匿う、捕まえたら元に戻る方法を教える。

これが交換条件。冷静な思考を保ちながら張り付くように話を聞いていたところで────

現実に戻される。


「厳しいよ〜〜〜祓魔のプロ集団から逃げ続けるのは。」


表情筋が落ち、身体全体が落ち着きを一瞬にで取り戻した後言い終わりにそう一言。


祓魔のプロ集団───確かに、僕たちは首を切られ死にかけていた。一人だけに。油断はしていたとはいえ、勝てる気がしない────二人が集団に逃げられる気もしない。


この話が本当ならば、匿ってくれると言うことならば。

僕たちを切った妖怪を捕まえたならば匿われなくなれる身────人間になれると言うことなら───大きな進歩になる。


僕は、藍を見る。意見を聞くためであった。俯いている。


僕は気づいた。

きっと、藍は《信じれない》。


先ほど気づいた、僕が藍に撫でられた時。

あれには───あの顔からは邪悪が消え去っていた。

まるでただあやしてあげるようにただ落ち着かせるように。


やはり、僕と同じで抗っているのだ。


この僕という青年の《善良》と言うさがに────

あの藍という少女の《邪悪》と言うさがに。


邪悪だから信じられない─────だから善良な、信じられる僕が、決断を下すべきだ。


「わかりました、そうします───いや、そうする。」


固唾を飲み込み、入れ替えるように───あえて強く、対等な関係を願い、言葉を吐き出した。


「藍も、それでいいよね」


俯いたままだった。

藍にも分かっている、ここでの承諾が───締結が大事なことを。

元に戻るために必要なことだと。

数分したその末、藍は声を出す。


「うん・・・・・・ごめんなさい、ねてました。」


条約は、締結された。



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除法譚 井戸人 @idozin

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