第128話 ナキリの演技

(上忍!?いつの間に……)

 ナキリは振り返り、忍者の技量を一目で見抜く。

 黒い忍着の上からもわかる、筋骨隆々とした体躯の手練れだ。


 立花と数馬、三郎は右手を刀の束にかけたが、そのままぐらりと倒れてしまう。

「長内殿……逃げろ……」

 立花が苦痛の形相で顔を畳に押し付けながら言う。


(しびれ針か……)

 バルディックが物理障壁を張る前からすでにこの部屋は日向忍軍に囲まれていたらしい。

 自分にだけ針を使われなかったのは、口を割らせるためか……。

 ナキリは絶望に飲み込まれそうになる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 三鷹数馬はしびれる体を動かそうともがく。

(くそう、動け!右手一本でいい、動いてくれ!!)


 首筋にチクリとした痛みを感じた瞬間、声も出せず、自分の体も支えることができなくなった。

 床に倒れ伏し、顔だけをなんとか横に向け、ナキリのほうを見る。


 上忍はナキリの両手首をまとめて左手一本で掴むと、軽々と彼の体を吊り上げ、壁にダン!と打ち付けた。


「うっ」

 衝撃でナキリがうめく。

 上忍は昏い目でナキリの頭からつま先まで見ると、右手で彼の羽織の紐をほどき、着物をはだけさせ胸から腹まであらわにする。

 あばら骨が浮き出るほど痩せている。忍者とは思えないほど細い体だ。

 ナキリの顔が羞恥で赤く染まり、顔をそむけた。


 数馬は三日だったがナキリと共に旅をし、その体の理由を知っていた。ナキリは、赤ん坊の頃名切神社に捨てられていたが、発見が遅く餓死寸前であった。そのため、成長はしても痩せた体質のままで、食も細く、筋肉が付かないのだ。


(くそう、意識がはっきりしているのに体がまったく動かない)

 数馬や立花、三郎の後ろに下忍が現れて後ろ手に縄をかけてきた。

 刀も奪われた。殺す気がないところを見ると、本当に立花たちを下手人に仕立て上げるつもりのようだ。


 上忍は顔を傾け、ナキリの体の傷跡を見ている。

(そうか、ナキリが本物の一条の孫なのかどうか検分しているのか)

 忍者はたとえ全裸になっても平常と変わらず戦えるよう訓練されている。

 ナキリは武士の子を演じているのだ。


「……お前の本当の名は?」

 低い声で上忍が問う。なんの感情もうかがえない冷たい声だ。


「……人に名を聞くなら……自分から名乗れ……」

 両手首を掴まれ、吊り上げられて苦し気に、しかし気丈にナキリが答える。


 だが、上忍は無言で懐から長針を取り出し、ナキリの左の手の平に突き刺し、壁に縫い付けた。

「ぐ、ああああっ」


 ナキリが声を上げてのけ反る。

(やめろ、やめてくれ!)


 上忍が手を離せば、壁に縫い付けられているナキリの左手が裂ける。そんな残酷な拷問を受けているのに、数馬はナキリがまだ演技を続けていることに戦慄する。


(だめだ、一条の孫と思われればその場で殺される、だが、偽物であれば本物の居場所を吐くまでは殺されないはずだ。ケサギ殿とムクロ殿が到着するまでの時間、なんとか稼ぐのだ!)

 だが、出たのは「う……」といううめき声だけだった。


 ナキリの目から涙があふれ出る。

「いっ……痛い……」

 まるで幼子のようにしゃくりあげて泣いた。


 その様子を見た上忍の目が緩み、優しげな声を出した。

「ふむ、どうやら君は素人の子らしい。手荒い真似をしてすまなかったね」


慈雨じうの術だ……!)

 厳しい対応のあとでふいに優し気な様子を見せることで相手を油断させる術だ。

 上忍は長針を引き抜き、ナキリを下すと後ろに控えていた白い装束の医忍に顔を向ける。(※慈雨の術は作者の造語)


 医忍はうなずき、ナキリの左手に布を固く撒いて血を止め、懐から丸薬を取り出すと

「痛み止めだ、飲みなさい」

 とナキリの口にあてた。


 ナキリは泣きながら素直にその丸薬を飲む。

(いけない、そんな得体のしれないものを飲んでは……)


「では、一つだけ答えてくれれば君は開放する。命も保証する。君は影武者なのだな?本物はどこにいる?もちろん、君が言った、ということは内緒にしてやるから安心しなさい」


 ナキリは壁にもたれて座ったまま、きっ、と顔を上げる。

「汚い手で触るな、!!」


 上忍の目が見開いた。

 数馬も驚く。いったいなぜ初めて見たはずの上忍の名を?

 日向忍軍の上忍は、対外的には顔も素性も名さえ秘匿されているはずなのに。


 ナキリは顔を上に向け、六太夫の目をにらみつけた。

「私は先の大将軍一条時貞の長子、成親なるちかが第一子、正清まさきよなるぞ!無礼者め、下がれ!」


「「時貞様……」」

 立花たちも、その場にいる日向忍軍たちもが、在りし日の一条時貞将軍の威風堂々とした姿を思い出した。

 秋津が武士の国となってから初めて全国を統一し、凶刃に倒れるまで25年に渡り秋津に平安をもたらした傑物。享年52歳であった。

 どれほど多くの武士たちが、農民たちが、そして忍者たちもがその死を惜しんだだろう。


 細い眉に涼やかな黒い瞳、きりりと結んだ薄い唇。

 若き日の時貞の姿が目の前にあった。


 ほんの一瞬、上忍の動きが止まった。ナキリから発せられた覇気にたじろいだのだ。


 その一瞬が明暗を分けた。


「――そうか、ならば死ね」

 上忍が忍刀をナキリの心臓に付きたてる。

 しかし、その刃はガキン!と音を立てて途中で止まった。

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