第129話 いろいろ間に合った

「物理障壁!?」

 六太夫ろくだゆうが驚き、一歩下がり、再び苦無を構えなおす。


「今……長内様の声で……気が付きました……すみません」

 バルディックがうつぶせのまま顔を上げ、右掌を震えながら前に上げていた。

 長い金髪が斜めに切られて不揃いになっている。彼がいつも愛用していた銀の輪の髪留めは無くなっていた。

 フォン!という音と共に六太夫と、下忍たちと医忍の体が吹っ飛ばされる。


「「ぐあっ!!!」」


 殺気の障壁に弾き飛ばされた下忍たちはなすすべもなく壁に激突したが、六太夫は身をひねり、衝撃を和らげながら着地する。


「バルディック様、間に合いました、ありがとうございます!」

 ナキリが嘘泣きの涙をぬぐい、バルディックに駆け寄り、右手で助け起こす。バルディックは背を至近距離から斬られた衝撃で気を失っていた。

 それを知ったナキリはバルディックが気が付くまで時間稼ぎをしていたのだった。


 バルディックの白いローブの背は無残に切り裂かれていたが、その下では濃い灰色の白忍用ロングコートが彼の体を守っていた。それは夜香忍軍の上忍が着るものと同等の防刃性能を持っているが、なぜ白忍ではない彼がこのコートを着ていたのかは今はわからない。


 ナキリは斬り傷が体にわずか達しているだけなのを知り、ムクロの血糊袋を2つ、バルディックの背にぶちまけていた。

 その血糊は人間の血の匂いをしており、上忍もうまく騙せていたようだった。


「生きていたのか、貴様……」

 六太夫が呪いのような低い声で言う。


 六太夫はすばやく印を結ぶ。

 カンカンカン!

 と鋭い音がする。


 ナキリがすばやく反応する。

「土遁:流砂です!バルディック様、浮遊の術を!」

「わかりました!」


 ナキリとバルディック、立花たちの体が浮き上がる。

 同時に真下の畳と板間が崩れ落ちる。その下は土が砂のように渦を巻き、バキバキと音を立てて畳や板が吸い込まれていく。六太夫の遁術はムクロの術ほど早く発動しなかったことで浮遊魔法が間に合った。


 バルディックは、ふわりと皆の身体を浮かせたあと、穴の開いていない場所へ移動させてすぐに降ろした。魔法を唱えるための集中力が乱れているようだ。バルディックの身体のダメージはひどいらしい。


「やはりお前は忍者だな?よくぞ騙しとおせたものよ……」

 忍術の効果は数瞬で終わる。六太夫は印を結んでいた手をほどき、忌々し気に言った。


 ナキリは問いには答えず、口に手を当て、丸薬を吐き出す。

「遅効性の毒ですね。表面は普通の薬で中身は毒……少し溶けてしまいましたがこの程度なら――」

「……障壁を解き、本物の長内の場所を言え。言わぬとここにいるものを一人ずつ殺す」


 周りには大勢の武士や使用人がいる。みな忍者たちに正座をさせられ、恐怖におののいていた。

 ざっと数えて30人。


「……さて、どうしたものか」

 ナキリは痛む左手を抑えながらため息を付いた。

 この男なら本当にやるだろう。


「まことのようです」

 バルディックはこんなときまで判定の魔法を使った。彼もナキリの隣に座り、壁に左肩をもたれかけさせた。

 傷がうずくのだろう、眉根が寄っている。治療魔法は自分本人にはできない。一度バルディックにその理由を聞いたが、『自分の首根っこを掴んで上に上げても持ち上がらないでしょう?それと同じです』とよくわからない説明をしてくれた。


「……」

 ナキリは一瞬だけ苦笑し、臨戦態勢を保ったまま答えを探す。

 どうすれば話を長引かせられるか。


 ずい、と六太夫が障壁を超えて一歩を踏み出す。

(あっ)

 殺気を消したのだ。ナキリの背筋に戦慄が走る。ここまで近づかれると障壁は張れなくなる。


 物理障壁は浮遊魔法のためにバルディックが解除していた。

(殺気のバリアの特性を、やはり上忍にはわかってしまうか。いや、もしくは知っていた?ということは、白魔導士の中にも裏切者が……)


 「……山吹の忍者には拷問も脅しも効かなかったな――ならば」


 六太夫からは再び殺気が発せられる。ナキリがギリ、と唇を噛む。

 いつでも死は覚悟できている、と思っていたはずなのに身体が震える。

 過去に何度も死線をかいくぐって来たアサギリとは違い、ナキリはまだこのような危機の経験は浅い。

(やっぱり怖い、死にたくない、だれか――)

 もはやナキリに打てる手は打ち尽くしたと思われたとき、陽気な声が上から聞こえた。


「秋津最強と謳われる日向忍軍の上忍と戦えるとは、しびれるねえ」


(……来てくれた!)

 大きく見開いたナキリの目に、先ほどの嘘泣きではない、本当の涙が浮かんだ。

 自分の所属する二番隊の強くて優しい隊長の声だ。ギリギリを保っていたナキリの体はへなへなと力が抜ける。本当は泣き崩れて床に倒れてしまいたいがそれを堪えて叫ぶ。

「ケサギ様!こやつは上の参、六太夫です!」


「三か。じゃあワタシが相手するかな。たまらないねえ」

 艶のある声も上から聞こえた。ムクロだ。


 頭上から、まるでカラスの羽が広がるように黒いロングコートの裾を翻して2人が飛び降りて来る。

 スタッ、と、ナキリと六太夫の間に着地した。

 両手の忍刀を抜いて2人とも構える。


「まさか天守閣の屋根のさらに上に出口があるとは」

「上忍の我らだからなんとかなったが、下忍どもは怪我するぞ」


「山吹の上忍どもか」

 六太夫が眉をひそませて問う。その目には憎しみが灯っていた。


「山吹忍軍はもうないよ」

 ムクロはむっとして言った。


「その反応を見るとどうやらお前たちも里襲撃には一枚噛んでいそうだな?」

 ケサギはナキリとバルディックの様子を見て鼻白む。

 声には怒りがこもっていた。


 続いてベネゼルが濃い灰色のロングコートをなびかせながらふわりと2人の間に降りてくる。

 右手にはトネリコの木の長杖を持っている。それをぐるん!と一回転させて構えた。

「最強の名は我ら夜香忍軍がいただきましょう」


 ケサギとムクロは目を合わせて怒った。

「「ベネゼルのほうが主役っぽいじゃないか!」」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ベネゼルは杖を背のホルダーにしまい、しれっと言った。

「私はバルディックの手当てとそのへんの雑魚掃除とけが人の救護に回りますのでそちらの強そうな方はお任せします。このあたり一帯に物理障壁も貼っておきますね」


「なんだ、上忍の相手するんじゃないのか。いいけど君の出番、ないかもね?」

「非常に残念です」

「はいはい」


「では。夜香忍軍三番隊隊長ムクロ。お相手いたす」

「……日向忍軍赤狼組組頭六太夫。……参る」

 上忍同士が名乗った場合は味方であっても邪魔することは許されない。

 2人の間に殺気が渦巻いた。

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