第127話 日向忍軍上の参

「ここから伊津河城まで馬で駆けても3時間はかかるよね?」

「そうだな、馬をつぶしながら駆けても2時間は……」


「大丈夫です、私が結節点を開けるとき、予備の点もこっそり開けておきました。そこは私しか知りません」

 すました顔でベネゼルが言う。


「「……すばらしい!」」

 ケサギとムクロが絶賛する。さすが白忍。


「では、こちらから入ってください。高いところに出口があるのでお気をつけて」

「ありがとう」


 突然、ベネゼルが叫ぶ。

「いけない、バルディックの意識が途絶えました!」

「急ごう!」

「ああ、ナキリに渡していた血糊袋も破られた、襲撃を受けているようだ。利左衛門、君は早く戻ると疑われる。しばらく姿を隠して適当な時間が経ったら上司に報告しろ。

 詳しく話を聞く時間はないからいつも通り振舞っていろ。こっちの片がついたら迎えに行く」

「承知しました!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――数刻前――


 伊津河城離れの屋敷にて。


「最近、絶対に近づいてはならない、と忍びの方に言われる場所が増えております」

 平治が報告する。


女衆おんなしゅうも入れなくなった場所が増えました。西の丸の炭小屋や、本丸の庭の一角など、うっかり近づくと怒鳴られます」

 お加代も同意する。


 2人は長内ナキリに働いた狼藉に対する罰を減免される代わりに、城内で気が付いたことを報告するように長内に言われ、受け入れた。


「そうか。そういった場所が複数あると。ありがとう。引き続き何か変わったことがあったら報告せよ」

 長内ナキリは懐から銀銭を5枚を出し、平治に手渡した。


「ひえっ、こ、こんなに?」

「あ、あああ、ありがとうござりまする」

 2人は平服した。


「そなたたちは年季が明けたら添う(結婚)のだろう?支度の足しにするとよい」

「……誰にも言っていないのになぜ……」

「見ていればわかる」

 長内ナキリが微笑んで言う。


 お加代と平治は互いの顔を見て涙を流し、長内を見た。

「このような情け深く、ご立派なお人柄とは気が付かず……」

「無礼の数々、本当に申し訳ございませんでした」

 と、深々と土下座をして下がった。


(弱い相手には強気に出て、強い相手にはへりくだる。金でたやすく寝返るような輩は却って使いやすい、ってケサギ様の言う通りだなあ)


 山吹の里時代は上忍が下忍に教練を施すことは滅多になかったが、夜香忍軍になってからは各隊の上忍が隊員を直接教えることになり、そのせいか若い忍者の練度が上がっている。


 さらに、立花たちも日向忍軍の下忍を数人、情報屋として抱き込んでいたのもナキリにとっては良かった。夜香忍軍の豊富な資金のおかげで金に糸目はつけない分情報を集めやすく、今の危険な状況がはっきりしてきた。


「……やはり、今回のはかりごとは複数の集団がそれぞれ違う目的で動いていると思われる」

 立花が眉根を寄せて言った。

 部屋はバルディックが防音の魔法をかけている。


「1つは、長内殿とバルディック殿を殺す目的の集団。恐らく上忍のだれかが動いているのでは……」(三鷹数馬たち3人は外国暮らしが長く外国語の発音は堪能)

 数馬が補足する。


「そうですね、紀三郎のあの訴えは、死を覚悟してのことでした。下忍は、上忍の考えに反対することはできません。不本意でも従わざるを得ない。でも、彼は……」

 長内の言葉に立花、数馬、三郎は重く沈黙する。

 目の前で若い命が失われるのを見るのは何度見ても慣れることはない。


「もう一つは長内殿を殺す、と見せかけて別の目的がある集団です。まだ確信は持てないが、混乱に乗じて別の者を弑そうとしているように思えまする」

 三郎の言葉に長内はうなずいた。


「私もそのように思います。城内に使用人たちが入れない場所の分布を考えると、3つの集団があると言えます。私と白魔導士を殺したい派、守りたい派。そして3つめの派閥の目標は恐らく光川様……」


 空気が一気に張り詰める。

「やはり、貴殿もそう思われるか」

 立花が悲痛な面持ちになる。


 ナキリは小さくうなずいた。

「私を守りたいとする派の中に明らかに動きがおかしい一派が見え隠れしています。

 あくまでも予想ですが、私を将軍の座に付けるという名目で、光川様を襲い、それを立花様を含めた私の派閥の責任にしようとしているのではないでしょうか?」

 数馬と三郎が互いの顔を見た。みるみるうちに血の気が失せ、真っ青になる。


「……また、我らに罪を擦り付けようと……」

「……あの絶望をまた味わえと――?」

 数馬も三郎も声が震えている。

 彼らはみな、己の妻や子、親族、忠臣たちの死を目の当たりにしていた。


 立花は怒りが炎のように沸き上がる。

 18年前は、どれほど声を上げようとも信じられず、逆賊の汚名を雪ぐことも許されず逃げることしかできなかった。恐らく数年前から綿密に計画されていたのだろう。だが、光川家の機転を利かせた手引きのおかげで立花たち3人と周辺の部下数人はなんとか追手を振り切り、逃げ延びた。その後は武士の身を捨て、暗殺者となり、ただ金のために汚い仕事を続けて来た。


 それが、ローシェ女皇のおかげで真実が明るみになり、援助のおかげで一族郎党をまとめることができ、ついに光川様の信頼を得るところまで来た。そのすべてが砂の城のように崩れ去るというのか。

 立花の握った拳が震えた。


「させません」

 ナキリはきっぱりと宣言した。

「そうならないために私はここにいるのです。だいじょうぶ、今回は私の実家(夜香忍軍)も白魔導士様たちも付いています。18年前と同じにはなりません。初めからみなそのために動いております」


 細く整えた眉はキリリと上がり、鳶色の瞳は凛々しく輝いている。

 それは、上に立つ者の堂々とした態度だった。


 立花、数馬、三郎が顔を上げる。

 深い闇の底で天から差し込む一筋の光を見る心地がした。

 よくぞナキリが来てくれたものだ、と3人は思う。長内本人であれば重責に耐えられず本当に切腹してしまっていたかもしれない。

「そう……ですね。もう2度と同じ謀には負けませぬ」

「昔の我らとは違う。事が成る前に企みは見えている」


 バルディックが右手を前に出し、話を止める。

「話の途中ですみません、ベネゼルが秋津に入りました。ケサギ様とムクロ様がこちらへ向かっております」

「おお!アサギリ殿がローシェ側に接触できたか」


「はい。これで危険は……」


 ザン!!!


「バルディック殿っ!」

 ナキリが悲鳴を上げる。


 バルディックはのけ反り、膝を付き、ゆっくりとうつぶせに崩れ落ちた。

 ナキリは急いでバルディックに覆いかぶさり、彼の背中に手を当てる。

 後ろから斬られたのだ。


 バルディックの白いローブの背には深い斬跡があり、ナキリが当てた手からは勢いよく血があふれ出す。ナキリの背後から黒装束の忍者が抜刀したまま、ゆらりと現れた。

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