第125話 アサギリとヒシマルの危機

「くそう、奴ら、しつこい」

 アサギリは深い茂みの中で身を潜めていた。

 ユークレイル河(ローシェとの国境)まであと100ハロン(m)の距離まで来ているのに、日向忍軍の追手がまばらに布陣していて先に進めない。


「ヒシマル、だいじょうぶか?」

「まだ生きてます……出血はなんとか止まったけど……寒い……」

 ヒシマルは脇腹に敵の苦無が刺さり、応急処置として布を巻き付け、アサギリの隣で伏せている。

(良くないな……)


 2人はナキリからの伝言をローシェに伝えるべく一度は結節点を使おうとしたが、此の方を見る日向忍軍の視線に危険なものを感じ、急遽馬で行くことにした。

 城を出てすぐに女装をし、うまく街道を抜けたがその後に道を外れ、ローシェ方面へ向かう途中で発見された。


 雨のように降り注ぐ手裏剣と苦無を躱しながら馬で逃げたが、一本の苦無がヒシマルの脇腹に刺さり、アサギリはヒシマルの女の着物を脱がせ、破れたところに血糊袋を破って血をまぶした。


 馬にその着物を括り付け、ローシェに向かって走るように尻を叩いた。

 案の定、追手は馬を追い、アサギリたちは近くの木の上に潜んで追手をやり過ごしたのだった。

 それから1時間――


「いたぞ!」

(見つかった!)


 黒装束の忍者たちが駆けつけてくる。

「退去の狼煙を上げろ。ここは我らで始末する」

「はっ」


(全部で4人……ヒシマルが動けるならなんとかできる人数だが、自分ひとりでは……)

 ヒュッ


 アサギリは飛んできた苦無を叩き落とす。

 1人の忍者がこちらに向かおうとするが。


「待て。撒き菱だ。こしゃくな真似を」

(気づいたか。さすが同業者)

 アサギリは苦く笑い、追手の前に姿を現した。


「同僚のよしみで教えてあげるけど、迂闊に近づかない方がいいよ。針金がそこら中に張ってあるからね」

 アサギリの飄々とした物言いに、頭の忍者が眉を吊り上げる。


「同僚だと?ふざけるな。我らはお前たちを一度もそう思ったことなどない」

 頭の男は忌々し気に吐き捨てた。


 アサギリとヒシマルは日向忍軍には属していない。光川慶忠の子飼いの忍者である。その特別扱いの位置づけを苦く思う忍者は少なくなかった。


「つれないなあ、五条丸」

「名を呼ぶな!それにいくら時間を稼いだところで無駄だ。援軍は来ない。大人しく刻まれろ」


「……こわいこわい。さっきの狼煙は退却ではないね、集合、だろ?我ら2人に大勢で来てくれるとは大人気だな」

 自分たちを油断させるための嘘をアサギリは見抜いていた。油断させておいて増援が来た時に絶望させるためだったかもしれない。


「……そうだ。長年の恨み、ここでみなにも果たさせてもらう。全員に斬り刻まれるまでは生きていてくれ」

 五条丸は酷薄な笑みを目に浮かべた。


 話をしている間にも次々と周りに気配が増えていくのがアサギリにはわかる。

 アサギリは苦無を両手に持ちヒシマルの前で構える。

(10人か。死ぬまでに何人やれるかな)


「……我らが給金を2重取りしているのがそんなに気に障ってたのか。謝るよ。ごめんね?」

「ほざくな!」


 周囲から手裏剣と長針が飛んでくる。

 それをアサギリはすべて叩き落す。


 諜の者など嫌われてなんぼのものだ。

 だからこそ、サカキや夜香忍軍が人として扱ってくれたことには感謝しかない。


「結局、私たち、何を交換するか、決められなかったね」

 ヒシマルが伏せたまま苦笑して言った。

 息が荒くなっている。2人は形見の打ち合わせを何度かやってみたが、結論は出なかった。


「まあ、2人同時に死ぬのなら必要ないしな」

「確かに。でも一つだけ心残りが……」

「うん?」

「女装のまま死ぬのは嫌だなあ」


(そういえばそうだった!)

 アサギリは声を上げる。


「おい、ちょっと待ってくれ。このまま死にたくない。普通の忍着に着替えさせてくれ!」

 周囲の日向忍軍から笑い声が漏れる。


「なかなか似合っているじゃないか。せいぜい、女のような悲鳴を上げて我らを楽しませろ」

 五条丸が目線で合図をすると。


 鎖鎌が4本、アサギリとヒシマルに向かって時間差で飛んでくる。

 アサギリは2本を苦無ではじきとばすが、左右の手首に鎖が巻き付き、ぐい、と引っ張られる。

 避ければ後ろのヒシマルに当たる角度で投げられた鎖鎌がアサギリの動きを封じた。


「くっ……」

(ここまでか――)

 両手を左右に引っ張られたアサギリに容赦なく苦無が飛んでくる。

 その苦無がアサギリに達する前に、ヒシマルが動いた。


「ヒシマル?!やめろ!」

 ヒシマルが最後の力を振り絞ってアサギリの前に立ちはだかった。


 3本の苦無がヒシマルに迫る。

 ヒシマルは目を閉じた。だが――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る