第124話 日向忍軍、動く

 ――伊津河城内某所――


『あれは、本当に長内か?まるで別人のようだぞ』

『三鷹が言うには、心の病をローシェの高名な医師に診せて、適切な投薬と心の治療で、本来の長内の性格が表に出てきた、とのことだ』

『心の病か……確かに、以前の長内の行動は狂人のようだった』

『だが、今のあの落ち着きと冷静な判断力。さすが一条将軍の孫といったところか』

『あのまま成長されれば、周囲からも将軍の座を望まれる立場になろう』


『……やはり今のうちに……』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――さらに別の城内某所――


『結節点を使わぬか……』

『使ってくれれば楽に終わったものを。あやつ、思ったよりも頭が回る』

『今もずっとお館様の傍に付いている――やっかいな』


『アサギリとヒシマルは?』

『……逃しました。あと一歩のところでしたが』

『……愚か者めが!』

『申し訳ございませぬ。出口の罠を予想していたようで、奴らも結節点を使わずに馬でフランツ領へ向かっておりました。こちらもそれは想定しておりましたが、変装を見抜けず包囲網を突破されました。1人には重傷を負わせたのですが……しかし、まだ河は超えておりません。フランツ領へは達していないはず』

『1人が生きているなら無駄だ。ローシェの手の者が乗り込んでくるのも時間の問題だ』


『その前に長内と白魔導士だけは処理するぞ』

『……参様(日向忍軍上の参)はまだか?』

『こちらに向かっておられるゆえ、間もなく到着するかと』

『参様が到着されれば、予定通りの計画に移る。騒ぎが起こると同時に……片を付けるぞ』

『承知』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――イベルド邸――


 ケサギとムクロは、イベルド邸に里帰りしていたキーリカとパシュテのご機嫌伺いに訪れていた。

 コテージは長内の問題もあり、ごたついていたので一時的に彼女たちは避難してもらっている。


 ケサギとムクロの姿を見た2人の少女は、花が咲くような明るい笑顔になった。

「変わったことはなかったかい?」

 ケサギが差し入れを渡しながら聞いた。


 いつものお菓子と共に、美しい花柄の反物を渡す。

 キーリカにははっきりした赤い色、パシュテには淡い桃色の、絹織物の反物である。


 2人は「わっ!」と声を上げて喜んだ。

「ステキステキ!」

「やわらかい……」


「このサイズなら、ケープにもスカーフにもできるからね」

「好きなものに作ってもらうといいよ」

「「アリガトー!」」


 はしゃぐ2人を見てケサギとムクロもうれしくなる。


「変わったこと、ではないけど、先日の演習の後ぜんぜん呼ばれないの、ちょっとサミシイ」

「サミシイ……」


「あーそれは……」

 ムクロはケサギと目を合わせてから言い訳を始める。

「今は大規模な演習はないからね。作戦をいろいろと練っているところなんだ」

「そうなんですね」


 実際は帝国軍全体を挙げての軍事演習は毎日のように行われている。しかし、高位黒魔法を使った演習の後、敵国の諜報員が動き出したことはわかっているので、キーリカたちはしばらくは参加させられない、とスパンダウ率いる情報部が判断した。


 それに、実際に戦争が起こってもキーリカとパシュテには戦闘には参加せず最初から最後まで後方に待機してもらう、ということになっている。

 本人たちにはまだ言ってない。


「それよりもさ、さっきの反物、そこの姿見の鏡で当てたところを見てみようよ。他の生地と合わせると雰囲気がガラリと変わるよ」

「いいね、花柄が華やかだから、合わせるのは無地のものがいいと思う」


 少女2人の目がキラリと光る。

 こういうおしゃれがケサギとムクロといっしょにできるとは思っていなかったようで、いそいそと布を持って鏡の前へ行き「きゃあきゃあ」とはしゃいでいる。


(最近、落ち込み気味と聞いていたけど、元気になってよかった)

 いずれ戦争が始まる、となるとやはり不安になるだろう。ムクロが各地から独自に仕入れた情報からも、アラストル帝国の進軍は確実であることがわかっている。


 前回のダールアルパと違って、今回の総司令官ムーンダムドは比べ物にならないくらい慎重かつ綿密な計画を立てている。

 こちらの被害も避けられないだろう。熾烈になる戦闘を彼女たちに見せたくない。


 そのとき。


 ムクロの中にいる獣が動いた。思わず胸に手を当てる。

「――!」


「どうした?」

 ケサギがムクロの様子を見て問う。


「だれかが――この距離はアサギリとヒシマルか。彼らが敵に襲われている。彼らに渡してあった大きい方の血糊袋が破られた」

「……お前、そんな異能あったっけ?」

「ああ。今まで使ってなかったけどね。ここに控えている白魔導士はだれだ?」


「ベネゼル!」

 ケサギが叫ぶ。


「はい」

 白いローブを着たベネゼルが廊下を駆けてきた。


「急ですまない、ワタシたちをコテージへ送ってくれ。戦闘準備してからアサギリたちを救出に行く。ユークレイル河付近で敵襲に遭っているようだ」

「わかりました。白鷲隊(ベネゼルが率いる白忍部隊)は出動させますか?」


「いや、まだ白忍は機密事項だからね。君だけいっしょに準備して来てほしい。あと、国境近くに騎士隊がいればそちらに河付近で布陣するように伝えてくれ。レイスル邸から南西へ1kmだ」

「了解です」


 ムクロの中に潜む獣は、光に属するタイプのものでそれ自身が様々な異能を持っており、古来より『瑞獣』とも呼ばれているものだった。

 だが、その高性能な異能の代償に寿命を消費するという、持ち主にとっては『呪い』と言った方がふさわしい。

 獣は闇を嫌うので、闇の者たちとかかわりを持ったムクロの中では長年眠りに付いていた。


 キーリカとパシュテが不安そうな顔でこちらを見ている。

「こういうことだから途中でごめんね。行ってくるよ」


 そう言って部屋を出て行こうとするムクロの剣客服の袖をパシュテが指でそっとつまむ。

 パシュテは笑顔を作って

「あの……キヲツケテ、イッテラッシャイ」

 と秋津語で言った。


 その小さな手と、たどたどしい秋津語にムクロは胸がいっぱいになり、パシュテの頭をそっと撫でた。

「だいじょうぶ。ワタシは強いからね」

 パシュテの顔が真っ赤になる。


 その2人を見て、キーリカが期待に満ちた目でケサギを見る。

 女性の期待は決して裏切らないケサギは、ムクロと同じようにキーリカの頭をそっと撫で、耳元に口を近づけて

「行ってくる」

 と低い美声で囁いた。


 キーリカは耳まで真っ赤になる。

 2人とも宦官以外の成人男性に初めて触れたことで頭がクラクラしていた。

 14歳の少女たちには刺激が強すぎたようだ。

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