第123話 穴ネズミの罠

 視点がナキリ→バルディック→ナキリと変わります。切り替わりは ◇ で区切ってあります。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 三鷹数馬は立花春城を呼び、判定の件を手短に伝えた。

 すぐに女中のお加代と下男の平治、それにお庭番の下忍・紀三郎が光川慶忠の前に引き出された。

 慶忠は座椅子に背をもたれ掛けている。膝より下には布団をかけていた。


「長内殿に害を為したのはその方らか?」

 静かだが怒りを含んだ声で慶忠が3人に問う。その隣にはバルディックが正座で控えている。


 お加代と平治は互いを見、観念したようで頭を土にこすり付け土下座した。

 2人とも恐怖で顔が蒼白だ。

「申し訳ございません。その通りでございます」

「ど、どうかお許しを!ほんの少し、怖い目に遭わせてやれ、と忍の方に頼まれたのでございます、それが長内様のためだから、と……」


 お加代はひたすら涙を流し、平治は聞かれる前から釈明し始めた。

 慶忠はバルディックを見、彼はうなずいた。本当のことのようだ。


「その忍とはだれだ?」

「それが……頭巾と口布で顔を隠していましたし、後ろからそっと話しかけられたのでどなたかは……」

「ただ、言うこと聞かねば良くないことが起きるぞ、とも言われました」


 バルディックはうなずく。

 判定事が多い時は偽りのときだけ述べることになっている。


「そうか。では紀三郎。仕組んだのはそなたか?」

 下忍・紀三郎は頭巾と口布は外して顔をさらしている。

 太くりりしい眉と大きな黒い瞳を震わせ、両手を地面に付いて言った。


「某が……やりました」


(うわ、3人とも当たりだったか)

 ナキリは驚く。


「いかような罰もお受けします。ですが、その前に言わせてください!長内様、一刻も早くここから逃げ……」


 ヒュンッ!


 紀三郎がのけ反った。

 その首を一本の矢が貫いていた。

 唇がかすかに動くが声は出なかった。


「曲者!!」

「どこだ!?」

「殿をお守りしろ!」


 武士たちは慶忠を囲んで口々に叫び、忍者たちは姿を現して無言で周囲を探す。

 バルディックは裸足で庭に降りて紀三郎の脈をとるが……


「……即死です」

 バルディックは顔をゆがめ、首を振った。

 いかに高位の白魔導士であろうと、死の国に入ってしまったものを呼び戻すことはできない。

 目を開けたまま絶命した忍者の顔を掌で覆い、目を閉じさせた。


「慶忠様、このお若い忍の方は犯人ではございません。自分がやった、との言葉は偽りでございます。

 金属片を入れた首謀者は別におります。ただ、彼の最後の言葉はまことでございました」


「そうであったか……何をしておる、忍者ども!早く曲者を捕らえて参れ!」

 慶忠は唇をかみしめ、怒りと悲しみを堪えながら叫んだ。


「「ははっ!!」」

 庭番の忍者たちが慌ただしく動き始める。

 紀三郎は庭番の忍者となってまだ1年にしかならない若者であった。

 その遺体を忍者たちが運んで行く。


(彼の命を懸けた忠告か――これは、日程を繰り上げてでも隠れ家へ出立したほうがいいかも)

 とナキリは思うが。


 傍仕えの武士が廊下を走って来た。

「失礼いたします!早馬での知らせで、長内様の仮の住居が火事で焼失したと!」


「「なんと……」」

 その場にいた者は絶句した。

 仮の住居は、小さいがそれなりに護衛の武士を配し、焼き討ちや夜討ちのような襲撃もある程度持ちこたえられるようにしてあったものだ。

 それがなくなったとすると、他の住居を用意するまでは城から出られない。

 旅籠はたごなどに泊まってもそこも焼き討ちされる可能性がある。


 ナキリの鼓動が早くなる。

(長内殿の命を狙う者たちが逃げ道を塞いできた……それに、アサギリ殿とヒシマル殿はどうしたのだろう、もうすでにローシェに連絡が行って、何らかの手を打ってくれているはずなのに、まだ替えの白魔導士もなんの連絡も来ない)


 この状況は、ケサギから学んだ覚えがある。

 穴ネズミの罠だ……複数ある出口を防ぎ、一か所だけ開けておく。その一か所には捕食者どもが口を開けて待っている……

 背筋に戦慄が走った。(※穴ネズミの罠は筆者の造語)


「御館様、長内殿、紀三郎の言葉が誠だとすれば、ここから別の場所へ移動したほうがよいのではないでしょうか」

 浅野三郎が不安を隠さずに言った。


「そうだな、ここまで情報が洩れているとなると、忍軍の中に裏切者がいるのだ。しかもかなりの数――

 ばるで殿。禁じてはいたが仕方ない。長内殿をローシェまで結節点を開けて送っていただけるか?」


「わかりました」

「いえ、お待ちください。恐らく結節点の出口の情報も漏れていると思われます」

 ナキリが慶忠の前に正座したまま言う。


「……なんと?!」

 慶忠の目が見開く。


「結節点の出口にも襲撃者どもがいるというのか?」

「はい。アサギリ様とヒシマル様がいまだにローシェに着いておりません。この城にある結節点の出口は、ユークレイル河のこちら側にあります。

 そこからローシェへは馬で飛ばせば3時間ほどで到着するはず」


「そうか、直接ローシェへ繋がっていれば此の方との癒着について付け込まれることもあろうかとわざわざ国境に出口を作っていたのだったな。――ばるで殿、ここからローシェ国内へ直通の結節点とやらはないのか?」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「申し訳ありません、今わたくしが繋げるのはそのユークレイル河のものしか……」

 バルディックは唇をかみしめる。


 うかつだった。外国からローシェへ結節点を繋ぐためにはあらかじめそれ専用の出口をローシェ側で作っておかねばならない。しかし、今回は慶忠の意向もあってユークレイル河の秋津領内側に出口を作り、そこから馬でローシェに入る、といった手順を踏むようにしていた。それが裏目に出た。


 秋津から直通の結節点を作るのは秋津統一が成されてから、という手筈になっていたからであるが、ここまで結節点の特徴を掴んでいるとなると、白魔導士のだれかが敵に通じていた、という可能性が高い、とバルディックは思った。


 「では、白魔導士の連絡網を使うのはどうだ?」


 バルディックは首を振った。

「遠すぎます。せめて国境付近まで行かねば届きませぬ」


 慶忠は息を深く吐いて座椅子に背を預けた。

「わかった……庭番ども、すぐに壱、弐、参を呼び戻せ!」


 日向忍軍上忍たちである。彼らはいまだに残る紫藤派の藩主たちの掃討戦に参加していた。

 それゆえに伊津河城の守りは普段よりもかなり手薄い。

 その隙を衝かれたようだ。


「「ははっ」」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「矢を射たものは見つからぬか」

「申し訳ございません。恐らく、天守西側の櫓の屋根上から放たれたものかと」

「……その距離では追えぬな。よし、城で警護に付いている郎従に加えて遠侍とおさぶらい(母屋から離れた場所にある警護所)の武士たちも呼んで再編成せよ」

「はっ!」


 日向忍軍の上忍たちはみな、秋津統一の最後の仕上げとして、各藩に散っている。

 伊津河城へ到着するまではまだしばらくかかるだろう。


「長内殿。上忍どもが到着するまではわしの傍におられるがよい」

「それはお館様が危険では」


「そなたをこの城で失う方がさらに危険ぞ。立花、三鷹、浅野。長内殿の守りをしかと固めよ」

「「ははっ」」

 慶忠はすべてを言わなかったが、ナキリは理解した。一条将軍の最後の血筋をこの城内で絶えさせた結果、一条派とも言える一派からの追及を受ける隙を作ることになる。

 この一派はいまだに各藩に存在する有力な派閥であった。


「わかりました。お気遣いありがとうございます」

 両手をついて頭を深く下げた。


 その夜、慶忠は熱を出した。何人もの裏切りが出たことや、これまでの激務、心労がたたったのだろう。

 バルディックとナキリは傍について懸命に看病した。

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