第122話 警告

 ――伊津河城へ来て2日目。朝8時――


 ナキリは立花春城、三鷹数馬、浅野三郎と共に城の離れに与えられた部屋で朝餉あさげを食していた。客人、という立場のため白米の飯、焼き魚、根菜の胡桃和え、かまぼこ、香の物、豆腐の味噌汁という豪華なものである。


「……つっ」

 ナキリは口の中に固いものを感じ、手を入れてそれをつまんだ。

 金属製の刃物の先端であった。


 立花はそれを見て立ち上がった。

「食事番を呼べ!長内殿、お怪我は……」


 数馬と三郎も席を立ち、長内の傍へ行く。ナキリは矢羽音(忍者同士以外に聞こえない会話方法)を使う。


『怪我はありません。しかし、ここは大けがをしたふりをします。これを仕込んだものにはちょっと驚いてもらいましょう』

『承知した』

 3人はナキリの意図を理解した。


 ナキリは考える。

(これは警告かな?さっさとここを去れ、ということか。つまり、長内殿の命を狙うものと、それを阻もうとするものたちがいる。日向忍軍の者たちも錯綜しているのか?)


 ナキリは口を押え、苦し気にうめく。抑えた指の間から血が一筋流れ出る。


「大変だ、長内殿が大けがをなされた!」

「食事を作った者も運んだ者も、呼んで参れ!」

「ばるで殿にも連絡を!」


 立花たちが次々と指示を出す。使用人たちは大騒ぎになった。

 彼らの中で最初は意地悪そうな笑みを浮かべていたが、ナキリの口から血が流れたのを見て驚き、真っ青になった数人がいたのをナキリは見逃さなかった。


 使用人たちの検分は立花に任せ、数馬と三郎がナキリの口に布を当て、控えの間に連れて行く。

 バルディックも白のローブを翻し、足早にやって来た。


 ナキリは自分の唇の前に人差し指を立ててバルディックに見せた。

 バルディックはうなずき、部屋を消音バリアで覆った。


「三鷹様、浅野様。バルディック様がバリアを張ってくださったので、この部屋の音は外には漏れません。今のうちに打ち合わせしておきましょう」

「わかりました」

「その前に、長内殿、怪我を……」

「だいじょうぶ、これは某上忍様(ムクロ)が作ってくださった血糊です。ケガはしておりません」

「そうでしたか。いや、本物の血とまったく見分けがつきませんね」


「一応、どこから見られているのかわかりませんので治療する振りをおねがいします」

「わかりました」


「朝餉の中に入れられてたのはこれです。苦無の先端ですがわざと折り取ったもののようです。切り口が綺麗だ」

 ナキリは掌の上に乗せて2人に見せた。


「なんと危険なものを……これは警告ですな」

 三郎は顔をしかめる。


「そう思いまする。日向忍軍のものが入れるように使用人に指示したか、それとも忍者が個人の意思で入れたか」

 数馬も同意する。


「しかし、あからさますぎますよね。これ、光川様が知ったら忍軍にきついお叱りが行くでしょうし、下手をすれば白魔導士による全員判定に……」


「「それだ!」」

 3人は顔を見合わせてうなずいた。


「これを入れた者は忍軍全員を判定させたがっている。忍軍の中に長内殿を殺そうとしているものがいることを暴きたいのだろう」

 三郎が渋い顔で言うと。


 バルディックが言いにくそうな顔で切り出した。

「あの……実は、外国では真偽の判定は一日3人までしかできないことになっています。白の女神との契約ですのでそれは絶対です」

「「なんと――」」

「それは知りませんでした」

 ナキリも驚いている。


「無制限に真偽の判定を行うことは、他国にとっては国を揺るがすほどの大事です。内政干渉はなりません。それに、このことは白魔導士以外には言ってはいけないことになっていますので。どうか内密に願います」


「わかりました……では、今日判定してほしい3人ですが、お加代と平治、それに、朝餉の時に庭にいた下忍のだれか1人がいいと思います。

 おそらくお加代と平治は金でももらったのでしょう、実行犯だと思います。私が口を押えたときに笑っていましたから」


「あの2人か……以前も長内殿にあまりよくないことを吹き込んでいたな。たしなめてからは大人しかったのだが」

「そうなんですね。ですが、私がここに来たときからも着替えの服に虫を入れたり、履物を片方だけ遠くにこっそり投げたりしていました」


 数馬と三郎が驚く。

「そんなひどいことを。もっと早く言ってくだされば……」

「長内殿は長年の人質生活でもっとひどい目に遭っていました。人に言いつけるともっとひどいことをされるだろう、と考えていたと思います。

 それに、その程度のことはむしろあとでいい脅しネタになるな、と思い受け流してしまってました。すみません」


 数馬は確かにそのようなことをナキリに教えていたことを思い出した。

 しかし、それをすぐに実践できるナキリを見て、なんという頭の回転の速い子だろう、と感心した。


「罪を許す代わりに、彼らには手駒になってもらいましょう」

 不穏なことをさわやかに言うナキリを見て数馬と三郎は

『若くてもやはり彼は忍者だな……』

 と2人同時に思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る