第120話 アヤセとリョウガの差
アヤセは一瞬気を失ったが、すぐに気がつき、サカキの手にすがりながら立った。
「……
まだはっきりと焦点の定まっていない目をしながら、アヤセは小さくつぶやいた。声はかすかに笑っていた。
「すまん、君の体力を見誤った」
サカキは、アヤセが両手を交差させて衝撃波を
「仕方ありません、アヤセは嬉しさで自分の体力の限界を忘れていましたからね」
カイは、アヤセの顔の前に落ちかかるまっすぐで柔らかい髪をかき上げてやりながら言った。
口元が薄く笑っている。
忍者の髪は若い者ほど長く伸ばす傾向がある。
女装には必須だからだ。
アヤセの髪も、ほどくと背中の中ほどまである。
「今の技……覚えました、次はもっとうまく……対応できると思います」
「ああ。君の幻体目は『極』だな。それに度胸もある。いい上忍になるだろう」
アヤセの顔がぱっ、と明るくなる。
「ありがとうございます!」
声にも力が戻ってきたようだ。
ふらつきながらも自力で立てた。
「……よかったね、アヤセ。この日のための努力が報われました」
「この日のため?」
「ええ。あなたに修行の成果をご覧いただきたかったのです。訓練中はそのことばかり言ってました」
「…………はい」
アヤセは頬が真っ赤だ。
「……そうか」
サカキもちょっと赤くなった。照れくささを隠すように腰をかがめ、アヤセの左の頬を覗き込んだ。
「その頬の傷、血はそれほどではないが思ったより深いな。ゾル」
「はい」
気配を消して横にいたゾルが姿を現す。
「すまないが頼んでいいか?」
「了解です」
「ああ、紹介する。彼はゾル。白魔導士だが忍者としての働きもしてくれている。今日はカイ殿の案内のために来てもらった」
「おお、こちらが噂の白忍の――見事に気配を消しておられましたね」
「ありがとうございます。でもカイ様には気づかれていたようで」
ゾルは照れた。
「ええと、けっこう深く切れてますね。たぶん、サカキ様の風圧がつむじ風のような状態だったので血はあまり出なかったのでしょう。きれいに治してしまっても?」
ゾルはアヤセの左頬の傷を確かめながら聞いた。
「あー、その……これは今の自分の限界を忘れないために残しておきたいのですが――」
サカキの目が丸くなる。
「いいのか?たぶん、薄くだがずっと残ってしまうぞ」
「はい。このままで」
アヤセはなぜか幸せそうな顔でうなずいた。
「では、血だけ止めておきますね(前もこういうことあったな……)」
ゾルはそう言って指先に魔力をこめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、次はリョウガだが……」
リョウガはサカキを見てビクッと体を縮めた。
その目が完全に怯えている。
サカキはため息をつく。
「さっさと始めるぞ」
「あ、あの、やっぱり俺、あんな戦い方無理……」
皆まで言わさず、サカキは縮地でリョウガに迫る。
「わああ!」
ガキン!
リョウガはサカキの忍刀を、両手の忍刀を交差させて受け止めた。
そのまま縮地を使って後方へ跳ぶ。
「逃げるな!お前の力量を見るだけだ」
「まだ中忍くらいなんですってば」
「それを判断するのは俺だ。お前じゃない」
再びサカキがリョウガに迫り、今度は回し蹴りを放つがリョウガは身をかがめてそれを躱し、両手を床について後方に回転する。
着地すると今度は走って逃げだした。
「勘弁してください、痛いのは嫌なんです!」
「その根性……叩き斬ってやる」
チャキッ、とサカキが逆手に持っていた忍刀を順手に持ち直す。
「ぎゃーー!」
「サカキ殿、それは『叩きなおす』というのでは……」
カイは両手を胸のあたりで上下させている。
落ち着いて、の意味らしい。
アヤセは突然始まった上忍同士の追いかけっこに茫然とするばかりだ。
まだ精神面は17歳である。
サカキは右手の刀を鞘に戻すと、壁の棚に置いてある練習用の手裏剣を片手で20枚ほどごっそり掴み、リョウガに向かって本気で投げ始めた。
「ひっ」
カカカカッ
常人には見えないスピードで投げられる手裏剣を、リョウガは見もせずに次々と避けている。
「ほほう、彼の反応速度はちゃんと上忍並みですね。音で来る方向を感知できているのもいい」
カイは感心している。
「でも、上忍がああいう態度でいいんでしょうか……」
アヤセは素直に感想を述べた。
「君はああいう大人にはならないでくださいね……」
カイも本音を述べた。
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