第121話 断固拒否

 リョウガは次々と飛んでくる得物を避け、避けきれないものは忍刀で跳ね飛ばしながら逃げ続けていたが、サカキは彼の行動を一通り目に収めると、逃げる方向を予測して先回りし、とうとう部屋の角に追い詰めた。


「のおおおお」

 リョウガは恐怖で真っ青になった顔を両手で覆ってのけぞる。


 サカキは無表情なまま拳でリョウガのみぞおちを避けられない速度で打ち、昏倒させた。

 白目をむいて仰向けに倒れたリョウガの忍服の後ろの首根っこを持って、ずるずると引きずってカイたちの前に戻って来る。


 ドサッ


 リョウガの体を無造作に床に放り投げると。


「お見苦しいものを見せて申し訳ない」

 とカイとアヤセに向かって深々と頭を下げた。


 カイは苦笑しながら。

「いいえ。ちょっと驚きましたが。しかし、彼はサカキ殿の重い攻撃の間合いを読んでちゃんと避けていた。

 上忍の速度で投げられた手裏剣を後ろ向きでほとんど躱し、躱しきれなかったものは刀で弾いた」


「ええ。リョウガは相手の動きをよく読めている。その動きに対応できる反射速度もある。ただ、致命的なのは……『自分が見えていない』ことだ」

「そうですね。他人から見た自分の姿を思い描くことができない。この状態では上忍の認定はむずかしいでしょう」


「……だが、異能の使い方は教えねばなるまい。まずはアヤセがこちらに滞在できる3日間は主にアヤセの上忍訓練を行います。その間、リョウガは見学だけさせます」

「わかりました」

「よろしくお願いします」

リョウガの治療は?」

 ゾルが問う。


「いらぬ」

「ですね」

 ゾルもうなずいた。


 サカキは床で伸びているリョウガを見て、アヤセを見た。

(かわいくて強くてかわいい【2度言った】アヤセとリョウガ、

 サカキはそう思って、ふとカイを見る。


 カイは両手の人差し指を交差させて『✕』を作った。

 断固拒否だった。


(くそう)

 サカキは心の中で毒づいた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「ああ、そうだ、アヤセ、これを――」

 サカキは自分の髪紐をほどき、アヤセに差し出した。

 長くて美しい黒髪がふわり、と背中に落ちる。


「使うといい」

「え、よいのですか?とても高価なものでは」

 サカキの髪紐は絹織りで赤く染めてあり、先端に房がついている高級品だ。

 秋津にいるときは普通の麻紐だったが、ローシェに来てからは女皇の愛人としての品を落とさぬよう、小物にも気を遣うようになっていた。


「かまわん。それに、これは中に針金が仕込んである。暗器として役に立つこともあるだろう」

 アヤセはカイを見た。カイはうなずいた。

「……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 アヤセは両手で紐を受け取り、胸にそっと抱いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「では、ゾル。カイ殿の案内をたのむ」

「お任せください」

「夕食は俺のコテージで摂るが、よかったらごいっしょにいかがか?」

「ありがとうございます、ぜひおねがいします」

「では後ほど」


 カイはその異能:自重目で翁面の存在を探るために来た。

 サカキは忍軍詰め所とドルミラだけのつもりだったが、カイの好意により皇城内をできるだけ広い範囲で探ってくれるという。

 それには3日間はかかるので、その間はヒカゲを派遣し、白露忍軍の訓練をカイの代わりに行うことになっている。


「アヤセ、リョウガ。君たち2人は3日間俺に付いてもらう」

「「はい」」


 リョウガはふてくされているようだった。

 サカキに昏倒させられたあと、雑な扱いで体のあちこちにたんこぶや擦り傷ができていたからだ。

 26歳にもなる大の男がほっぺを膨らませている光景をサカキは見たくなかった。


 サカキは傍に控えていた裏の繋ぎのアゲハから予備の髪紐を受け取ると手早く髪を結った。

 リョウガは一瞬だけ姿を現したアゲハを見て目を真ん丸に見開き「……かわいい」とつぶやいた。


「リョウガ」

 サカキが呼びかけた。


「は、はいいぃ!」

「お前は今のままではとても上忍の認定はできないし、お前もそのつもりはないだろう。だが、幻体目は危険な異能だ。使い方を誤れば足や手が吹っ飛んだり、最悪命を落とす。

 なので、お前はその扱い方について俺から学べ」


「手足が……うあああ、いやだああ、そんな痛いことになるんだったら死んだ方がマシだ。

 お願いします!!がんばります!教えてください!」

 リョウガは深々と頭を下げた。


(ふむ。こういう方面からなら制御はできそうだな……)

 サカキはリョウガの攻略方法を頭の中で練り始めた。

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