第115話 影武者ナキリ

 これまでの簡単なあらすじ:秋津は、メイアの道の一件で光川慶忠の軍勢が勢力を増し全国統一まであと少し、というところまで来ていた。しかし、故・一条将軍の孫である長内の存在を嗅ぎつけた日向忍軍(光川家に属する)の中には、長内を全国統一の邪魔になると判断した一派がいた。

 長内にそっくりな夜香忍軍二番隊の若い下忍・ナキリは影武者として伊津河城へ向かうため、三鷹数馬と共に夜の道を往く。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「……三鷹様、お強い……」

 長内の扮装をしたナキリはため息を付きながら言った。


 伊津河城いづがわへの道を深夜、2人で進む間に3度も襲撃があった。

 最初は4人、次に5人、3度目は8人の野武士がこちらに問いただすこともなく、無言で向かってきた。

 三鷹数馬はそれらをすべて一瞬で斬って捨てた。


「某など、まだまだ立花様には及びませぬ。それよりお怪我はございませぬか?」

 刀を振り払って付いた血を飛ばしながら、息一つ切らさず数馬が尋ねる。

「だいじょうぶです。それにしても、私の出番がまったくありませんね」

 ナキリは苦笑する。


(上忍並みの強さだ……)

 ナキリはケサギから数馬の警護も兼ねて、と指示を受けていたが、とんでもない。

 17歳のナキリは、その歳ですでに中忍のお墨付きをケサギからもらっている。あとはもう少し忍務の経験を積むだけで、それなりに腕には自信を持っていた。

 最近になってケサギがやたらと褒めるのでナキリも調子に乗っていた、というのもある。

 しかし、それは白露の下忍たちを訓練したあと、ケサギの褒めるハードルが著しく下がっていたせいだった、というのをナキリは後から知ることになる。


 それにしても、世の中は広い。武士が強いのは知っていたが、三鷹数馬のように忍者としての動きもできる武士がいるとは夢にも思わなかった。

 それに「居合」がすばらしかった。

 その速度、太刀筋、立ち姿、すべてが美しい、とナキリは感じた。

 可能ならば秋津にいる間に教えを請いたい、と思うほどだった。


 ナキリには父も母もいない。

 赤ん坊のころ、名切明神の境内に捨てられたためだ。それゆえにナキリ、と名付けられた。

 物心ついたときから山吹の里で忍者として修業を積んでいて、数馬のような年齢の男といっしょに旅したのも初めてだった。

 数馬はナキリの身の回りを親身に世話し、夜長には外国のおもしろい話をして楽しませてくれた。

 武士に対する印象がすっかり変わってしまった。父親とはこういうものなのだろうか、とふと思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ローシェから伊津河城までは歩きで3日かかる。馬を使わなかったのは、時間をかけて長内のふるまい方を数馬から教えてもらうためだ。

 ナキリと数馬は途中宿屋に2泊し、3日目に城に到着した。


「ただいま戻りました」

 数馬とナキリは光川慶忠の御前で両手を付き深く礼をした。


「2人ともご苦労であった。しばらくは疲れを取るためにゆっくり休むとよい」

「ははっ」

「ありがとうございます」


 慶忠は長内の中身が入れ替わっていることは、彼らが到着する寸前にアサギリから報告を受けて知っている。他には立花春城と浅野三郎だけに知らされていた。


 光川慶忠は自らの口で『長内殿は準備が整う3日間城に滞在し、その後名を変え、隠れ家に従者数人と住み、平穏な余生を送る』と、暗に長内が表には出ずに光川派に恭順し、新興勢力を立ち上げる気など毛頭ないことを一同に知らしめた。


 長内ナキリが行う予定の宣言を、慶忠自らが行ってくれたため、立花派と光川派の間には齟齬は何もない、という事実を明らかにした。これは慶忠の好意であり、ナキリは慶忠の心の広さに感謝した。


 長内は表向きは立花春城の縁戚、という立場を与えられているが、一部の者たちは真実を知っている。

 この後、隠れ家が整い次第そちらに居を移し、数日経てばナキリの役目は終わりだ。


 慶忠の言葉を聞きながら、ナキリは頭を下げて周囲の気配を探る。

(……危険な視線を感じた……この庭のどこかにいる日向忍軍かな)


 ナキリの危険察知能力は高い。

 光川家には、秋津最強と言われる日向忍軍がいる。

 忍者の里をもたず、城内に詰め所があり、その規律は非常に厳しく、抜け忍は理由を問わず死罪。

 総勢135人。ナキリの知識では中忍の数はわからないが、上忍が7人いることは知っている。


 その忍軍の中に長内に一瞬、殺気を送って来たものがいる。

 白魔導士でもその裏切者を見抜いていないということだ。これはかなり危険な事態である。


 ナキリは数馬と共に廊下を歩きながら矢羽根を使った。

『三鷹様、白魔導士殿バルディックをローシェになるべく早くお返ししたほうがよいと思われます。日向忍軍の中に裏切者がおります』

 数馬は驚いたが、外見は平静を装った。


『一目で見破りましたか。某も怪しいとは思っておりましたが、此度の3度の襲撃も日向忍軍の中のだれかが差し向けたのでしょう』

『バルディック殿は戦闘向きではありませんし目立ちすぎます。白忍(白魔導士でありながら忍者の動きもできる者)に交代するのがいいと思います』

『わかりました。すぐにそのように慶忠様に伝えましょう』


(長内が一条将軍の孫だ、というのは日向忍軍は知っているはずだ。それを襲わせた、というのであれば光川慶忠のあずかり知らぬところで忍軍の一部が動いていると思っていいだろう。その企みを暴かれないよう、長内と白魔導士、両方とも襲撃対象になっているはずだ。自分はいい。対処はできるだろうし、死んだところで忍者の定めだ。

 だけどバルディックさんは対忍訓練は受けていない。光川様に言っても伝達速度は遅い。すぐにアサギリ殿にお願いして交代してもらうのがいいな。うん、そうしよう)

 ナキリのこの判断が、後にバルディックの運命を決めることになる。

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