第114話 闇の縁切り
――剣客用コテージ2号棟――
丑三つ時。
ムクロは、ふと、目を覚ました。
部屋の中は薄暗いが、月明かりだけでも忍者の目には昼間同様に見える。
隣には長内が穏やかな寝息をたてている。
その頭をそっと左手で撫で、その手を自分の心臓の上に置いた。
(縁を切られたか……)
心の中でひっそりと思った。
元々そのつもりだったので驚くことはない。むしろ今までよく切らないでいてくれたものだ、と感心する。最近は
――ぞわり――
縁を切られたと同時に己の中の獣が、長い首をもたげ、動き出す気配を感じた。
それは、ムクロの命を内側から食う獣だ。尋常ではない存在が己の中にいることに気が付いたのは6歳の時。
そのときから22年間、妖と縁を結ぶことによって”死なない身体”となっていたため、無事に成長できた。しかし、縁を切られた今、再び獣は動き出し、命がじわじわと減って行くのが解り、ムクロは深いため息を付いた。
(……この調子なら、持って1年――)
間に合うだろうか。いや――
絶対に間に合わせる。愛するすべてのもののためにやり遂げる……そのための生だ。
(あと1年の寿命なら29歳。忍者としては平均か。うん、十分に生きられた。いまさら後悔など――)
いや、ひとつある。
ケサギやサカキたちなら知己を失うことには慣れている。ローシェの面々も似たようなものだろう。
だが――
パシュテは……
(きっと泣くだろうなあ……ごめんよ、せっかく仲良くなれたのに。ほんとごめん)
ムクロはそっと目を閉じる。見たことがないはずの彼女の泣き顔が思い浮かぶ。
(思い出をたくさん作ろう。できるだけ楽しい思い出をたくさん。それがたくさんあるほど別れの時は辛いけど、その思い出と時間がきっと君を癒してくれるから……)
それがムクロの、せめてもの償いだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――コテージ2号棟――
「……おはようございます……ふぁ」
長内はあくびをし、目をこすりながら寝台の上から降りる。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ムクロが声をかける
ムクロとケサギは先に起きていて剣客服に着替えていた。
キリヤとレスターも身支度を終え、忍軍の隊服の上にメイド用エプロンを付けて台所で朝食の準備をしていた。
ルミルは急に増えた人数にびっくりしてからぴょん、と跳ねて身支度を整えてフロントへ走って行った。
「……夢を見ていました。ちょっと不思議な」
「ほほう、どんな?」
ムクロがおもしろそうに尋ねる。
「馬……じゃないな、鹿かな?真っ白で、角と長い
「……それは――縁起のよさそうな夢でしたね。きっといいことがありますよ」
ムクロが優しい声で言う。平然を装っていたが内心では驚いていた。
(そうか、このお方は……天子の器か。それで此の方へ――だが幼子の姿だったということは、まだまだこれから何年も成長していかねばならない。またひとつ、役割が増えたねえ)
ムクロは苦く笑う。この1年で、長内の病気を治さねばならない。
「お味噌汁の用意できましたぜ!」
キリヤが元気な声で叫ぶ。
「おっ、いい匂いだ」
ケサギがうれしそうだ。
「具はかぼちゃとキノコです。本当は豆腐や油揚げがほしいところですが、ここではなかなか」
レスターは頭に三角巾を付け、忍者用の口布まで付けていた。
「たしかにねえ。だが味噌は奇跡的に輸入できるようになった。豆腐はむずかしいだろうが油揚げだけでもなんとかならないかな」
ケサギは真剣に考えだしている。
「ドルミラでも味噌や醤油は仕込んだらしいが、蔵出しできるのは来年からだそうです」
キリヤが言うと。
「来年かぁ……」
ムクロは残念がった。
「じゃあ、僕、ルミルを手伝ってきます。これだけの人数の料理をワゴンで運ぶの大変そうですから」
「ああ、頼む」
ケサギの返事を聞いてレスターはエプロンを取り、足早に歩いていく。コテージでは味噌汁だけを作り、それ以外は管理棟から運んでもらう手筈になっていた。
「それと――」
ムクロがドアに向かって言う。
「サカキ、アゲハ。そんなところで伺ってないで入っておいで」
「バレてたか」
サカキとアゲハが照れ笑いしながら入って来る。手には彼ら専用の箸と茶碗を持っていた。
もちろん、上忍同士だからとっくにお互いの行動はわかっていたが、親しい仲ならではの冗談である。
「匂いにつられちゃいまして……」
アゲハもテヘヘ、と笑っている。
用意のいい2人を見てケサギと、キリヤ、そして長内も笑った。
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