第113話 露見

――秋津の国・伊津河城――


「感謝するぞ、ばるで殿。あなたのおかげでわしは2度も救われた」

 光川慶忠は、長年の主治医であった男の裏切りを特に気にした風もなく礼を述べた。


「わが主上イリアティナの命でございますれば、どうかお気になさらず」

 一度目はバルディックが着任してすぐだった。慶忠が近習の一人に腹を刺されたときに居合わせた。

 バルディックの到着があと数分遅れていれば慶忠は今、この世にはいなかった。


「しかし、ここまで有能だと、ローシェに返したくなくなるな」

「お戯れを」

 にこりともせずにバルディックは答えた。

 バルディックが秋津に留まるのは慶忠が回復するまでである。


「冗談だ、すまぬ。で、いくつか聞きたいことがあるが、かまわぬか?」

「わたくしで答えられる範囲であれば」

「――なぜ急にメイアの道の話が出てきた?今までまったくそんなそぶりはなかったと思うが」


「……わたくしの推測でございますが、おそらく、紫藤殿の陰謀すべてを女皇様がご存じになられた故、とお察しいたします」

 バルディックはアサギリの報告をすべて聞いていた。

「ほほう。ローシェの姫君は陰謀はお嫌いか」


「陰謀の内容によりけりかと。紫藤殿は立花殿に罪を擦り付け、さらに人質を取り、その人質にも非道を働いた。イリアティナ様にとってはどれも許しがたいことであったでしょう」

「そうか、紫藤はとうとうローシェの逆鱗に触れたか」

「はい」


「味方であれば心強い存在だが、敵に回すとこれほど恐ろしいものもない。我らはせいぜいローシェの意向に背かぬよう努力しよう」

「半分、まことでございますな」

「わしまで判定するのか、勘弁せよ」

 光川は苦笑した。


 バルディックは、光川慶忠が敵対はせぬまでもローシェの意向にすべて従うつもりはない、と白魔法ではなく自分の考えで判断したのだった。


「もうひとつ。メイアの道の決まりごとについて我らはほとんど何も知らぬが、今から用意しておくべきことなどあるか?」

「それは、よき時期にメイア財団が参りましょう。彼らが道を利用するときの条件と注意事項を教えてくれます。馬車の車輪の幅や、1里(およそ4km)ごとに宿場か休憩所を建てること、など数多くの規則がありますが、すべて明文化されておりますのでご安心を」


「そうか、ありがたい。では最後に、メイアの道財団の総帥カーラ・マクベスについて何か知っておるか?」

「残念ながら。そのお方は性別も、年齢も、国籍すら一般的には知られておりません」

「やはりか。我々がどんなに諜を放っても掴めぬのだ。まあよい。今回の主治医の謀を見抜いたこと、のちほど褒美を取らせる。今日はもう下がってよいぞ」

「はい。ありがとうございます。では」

 バルディックは一礼し、隣の私室へ下がった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 バルディックは自室に戻り、ため息をついた。

(あのご様子では、もともと主治医のはかりごとの全貌はご存じだったのだろう。決定的な証拠ができるまで慶忠殿は待っておられただけだ。恐ろしいお方だ――)


『高位の白魔導士は、他国に貸し出しはするが永住は許されぬ。その理由は他国で過ごした者がよくわかるはずだ』

 とクラウス……いや、言った当時はメイザースの名だったが、その理由が今のバルディックにはよくわかる。人の嘘が見抜ける、ということは両刃の剣なのだ。

 陰謀や目論見は事前に防げる。しかし、それを脅威に思う勢力が全力で白魔導士をつぶしに来る。

 なりふり構わずに、共倒れすら覚悟してだ。


 また、罪を暴かれぬように、被害者や証人を殺すものが増える。犯罪が凶悪化するのだ。


 白魔導士に頼ることで、守られる側にも隙が生まれ、さらには白魔導士を使ったことのない国が、その恩恵に一度預かってしまうとその白魔導士を誘拐、監禁してしまうことすらあり得る。貸し出し期限は最大3か月。それらが理由である。


 ローシェ帝国は建国から白魔導士の魔法によるメリット、デメリットを経験し、その対処法が確立できている。国民もそのあり方に慣れていて、他国ほどの混乱はない。

 白魔導士による過度な立証は制限されていて、王侯貴族には判定は行われない。政治には嘘も必要なのだ。


「あと1か月ですか……」

 思わずため息が出る。自分は反光川派にかなりの恨みを買っているはず。

 バルディックはその残りの日々をいかに目立たぬように過ごすべきか、と思案した。


(それにしてもここは寒い……)

 白い息を吐きながらバルディックは心の中で愚痴た。

 白魔導士には保温の魔法もあるが、客としてここにいる以上、慶忠を差し置いて自分だけぬくぬくと暖かいのも、生真面目なバルディックにとってはナシである。

(ローブの下に一枚、なにか着るものを増やしましょうか……)

 できるのはそれくらいだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――松崎城・別空間――


「……気分はどうじゃ?」

 薄暗闇の中で『右』が尋ねる。

「おお、意識がはっきりした!まるで今までの……いや、もっと若い時のように頭の中が晴れ渡っておる」

 ウツロは満面の笑みを見せた。


「難しい術だが、成功したようで何より」

『左』も、左近次の体でうなずいた。


「よいか。もう一度言うが、その術は他人の魂のかけらをそなたの魂に加えて無理に補強したもので、意識ははっきりするがそなたの魂の寿命は大幅に縮む。補強した魂はわずかだからそなたの意思を邪魔はできぬだろうが、多少の記憶の混乱はあるじゃろう」


「寿命など……儂はこれまで多くの命を奪ってきた。いまさら長生きなど願ってはおらぬ。ただ己の願いをかなえられれば、その瞬間に死んでもかまわん」

「己の命も捨てるか。殊勝なことじゃ、その願い、だがな――」

『右』は声を低くして現状を説明しはじめた。


「我らの情報だ。ローシェの女皇帝がメイアの道の使用権をエサに光川派と紫藤派のうち、全国統一をした方に与えると各藩主に通達してきおった。小娘めが。

 ローシェが光川に肩入れしているのを知られているのをわかっていてそのようなことを申しているのだ。みな、光川がすでに統一の目途をつけた、と思っている。紫藤はおそらくもう盛り返せぬだろう」


「メイアの道……まさか、わしが行うよりも先に……」

 ウツロは驚き、そして急に笑い出した。

「はははは、はーーはっはっ」


『右』と『左』は顔を見合わせた。

「とうとう狂ったか……?」


「いや、これは愉快だ。儂が女皇の体を乗っ取って真っ先に行おうと思っていたことを、先にやりおった。これが笑わずにいられるか!」

 その笑いの裏にあるのは怒りだった。秋津の内政まで干渉し、翻弄するローシェを絶対に許してはおけない。


「この儂を愚弄しおって。おのれ女皇、秋津を取るつもりだな?

 仕方ない、松崎藩は光川派に鞍替えする。しかし松崎城は渡さぬ。ここにいれば必ずサカキが来るからな。紫藤は見限る。『右』と『左』よ。この城を中心に我ら翁衆の結界を張るのだ。光川は命に従わぬ我々を必ず攻めてくる。そのときこそ我らの好機ぞ!ローシェに、ここまで我らに手出ししてきたことを後悔させてやる!」


『右』と『左』は歓喜した。

「ひょぉおおおおお!」

「よい!!その策はよいぞ!」


「我らの衆をよぶぞ」

「中将衆も小面衆もすべてじゃ」

「心が騒ぐのう」


「ウツロの弟はどうする」

「あれはもう光に取り込まれたのだろう。ここしばらく金も情報もよこして来ぬ。仕方ないが縁を切る」

「そうか、ならば命も残りわずかになるな」

「その前に泣きついてくれば考えてやってもよいが」

「願いのためには己の命もいらぬか。こういうところだけはウツロもも似ておるなあ」


 ムクロ、と『左』ははっきりと言った。縁を切ったので、もう隠すこともないのだ。

「ローシェ側にその事実を教えてやってもおもしろいことになりそうよな」

「まあそれは待て。まだヤツは使えるからの。事実を教えないことをエサに此の方の言うことを聞かせられる可能性もある」

「そうだな。その手札はまだ持っておくか」


「ヒガンとシガンは?」

「とうに目覚めて動き始めておる」

「体も得ておる」

「そうか。あやつらには光川どもに大いなる災いを与えてもらおう。二度と立ち直れぬような災いを」

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