第112話 上級白魔導士バルディック・オルレアール

 ※登場人物紹介補足:

 〇光川慶忠よしただ 52歳 髪:白髪混じりの黒 瞳:黒 伊津河城城主 秋津の東側半分を手中に収めた。天下統一を目指している アサギリとヒシマルの本当の主 秋津の国最強と言われる日向忍軍を率いている。


 〇アサギリ(朝霧)25歳 髪:黒 瞳:鳶色 元桔梗の里の多重間諜で現在はサカキの下にいる。鋭角的な眉と瞳 女装時の名は夕霧。非常に色っぽいので密かなファンがいる。


 〇ヒシマル(菱丸)24歳 髪:黒 瞳:薄い茶色 元桔梗の里の多重間諜 丸っこい瞳と丸い眉 女装時の名はコマル。皆が目を背けるような女装だったが、今はルゥに化粧を習っていてマシになっている。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 話が落ち着いたところで、サカキは女皇の背と腰に手をまわし、そっと抱き上げた。

「寝室へお送りします」

「ふふ、怒りが収まったぞ」

 女皇は嬉しそうだ。


「アカネ、今日の姫の寝室はどこだ?」

「はあい、ご案内いたしまーす!こちらへどうぞ!」

 女皇の寝室は先日の襲撃以来5つに増やされ、その日の気分によって場所を変えていた。


『ローシェ観光』のロゴが入った手旗を振りながらアカネが先導する。

「なんだそれは」

「副業で観光案内のバイト始めたんですう。皆様、右手をご覧ください。今到着した本日の警護の白魔導士様と騎士様たちでーす」(※女皇付きメイドは6時間4交代制なので時間には余裕があるため副業も可能)

 周囲に困惑を振りまきながらアカネは歩き出し、女皇はホホホ、と優雅に笑った。


(まあ、怒りが収まったのならいいか)

 と、サカキは女皇を抱えながら寝室へ歩いて行った。

 ロルドが後ろから「行ってらっしゃーい」と笑顔で手を振っている。やっと2人でゆっくり(寝かしつけ)過ごせそうだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ――光川家主城伊津河いづがわ城――


「新規のメイアの道」の第一報はまず、光川家にもたらされた。

 女皇の通達がフランツ公に届くよりも前、昼に近い午前中のことであった。


「……これは――。女皇は思い切ったことをなされたな。ひょっとして宰相殿の策か?」

 光川慶忠よしただは布団の上で半身を起こし、白髪が混ざり始めたこめかみを人差し指でトン、と叩いてから両腕を組んで言った。

 鋭いまなざしと尖った鼻、口ひげを整えている風貌は鷹を思わせた。


「いいえ、女皇自ら提案した策でございました」

 アサギリが答える。庭に近い板間の上に、ヒシマルとともに正座し、頭を低くして控えている。

 彼らは中継ぎの繋ぎを使わず、自らの足で慶忠に情報を伝えたのだった。


「ご本人がか。まだ16歳と聞いているが……まるで老練な策士のような考えをお持ちだな」

「まことに恐るべきお方ですな。しかし、これで多くの藩主たちが方向性を整えることになるかと思われます」

 傍付きの武士が半纏はんてんを慶忠の肩にかけながら言った。


 庭に面した障子をすべて開け放っているので部屋の中は寒い。

 火鉢はあるが追いつかない。しかし、慶忠は冬の寒さが好きだった。

 木々や草花が冬の間じっとして力をつけ、春にその力を開け放つ。その力を付けている時間を気に入っている。


 慶忠は先月の襲撃で重傷を負い、白魔導士のおかげで一命を取り留めたが、なぜか回復が遅れていて、今は上体を起こしてゆっくりと自力で立ち上がることができる程度だ。

 白魔導士の治癒魔法は、失われた血は戻すことはできない。細胞は元の形を保っていても脳が重傷を負ったことを覚えているため、本来の傷が回復するまでの期間が完治には必要だった。


「その中には裏切者も出るだろう。わが軍に合流を求める者たちの素性はしっかり調査せよ」

「心得ております」

「……不本意ではあるが、白魔導士殿のお力を借りることも視野に入れてな」

「御意」


 伊津河城には、ローシェから1人、高位の白魔導士が派遣されている。

 名はバルディック・オルレアール。

 彼の名は秋津人にとっては発音がむずかしいので、城内では”ばるで殿”、と呼ばれている。

 赤銅色の瞳に赤みのある長い金髪を銀の輪で後ろに止めている。30歳できりりとした眉と引き結んだ唇が意志の強さを表している。城内でもローシェの白いローブを着ているので目立つ存在であった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「御館様、薬湯の時間でございます」

 白髪頭の老人が湯気の立つ茶碗を盆にのせて運んできた。

 主治医である。高価な絹の着物に白い掛け布を付けている。

「ああ、もうそんな時間か。いつもすまぬな」

「いえ、これを飲んで気を養ってくださいませ」



 いきなり、襖の向こうから声が聞こえた。

 その声に反応して、アサギリとヒシマルが主治医を両側から抑え込む。

「な、なにをなさいます、某は何も――」


 傍仕えの武士たちも立膝で刀に手を掛ける。

 主治医は抵抗するが、襖が開いて現れた人物を見て息をのんだ。

 白のローブをまとったバルディックであった。


「爺。長らくわしに仕えてくれたそなたが……」

 慶忠は悲し気な顔で言った。

「ち、違います、これは……立花殿に頼まれたのです、この薬湯はよく効くからと――」

「偽りでございます」

 間髪入れずにバルディックが断言する。その表情にはなんの感情も見えない。


「観念せよ。白魔導士に偽りは通らぬ。これを仕組んだのは掛川久道かけがわひさみちだな?」(白魔導士には真偽の判定魔法があり、秋津でも知られている)


 主治医の目が限界まで見開かれる

「いえ、いえいえ、違います!立花殿です!これはすべて立花が仕組んだ計画なのです!御屋形様は騙されております!どうか目をお覚ましになって――」


「偽りでございます」

 バルディックは3度目の否定をした。


「掛川を捕らえよ」

 慶忠の冷たい声。傍に控えていた武士が一礼をして廊下を走る。アサギリとヒシマルが主治医を立たせ、武士たちが周りを囲んだ。

「あ、ああ……」

 主治医は目を閉じてうなだれ、きっ、と顔を上げてバルディックをにらんだ。


「この、白魔導士め!お前さえいなければ……」

「わしを倒せたか?」

 続けたのは慶忠だ。

「……」

 主治医は沈黙した。


「まことでございます」

 バルディックは目を閉じて肯定した。

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