第111話 物の怪姫?

 ――宰相寝室――


 ロルド・ヴァインツェルは星柄の寝間着と、てっぺんにフサフサのついた三角の帽子ナイトキャップをかぶり、今から寝ようとしているところだった。


 サカキはほっとした。

「ロルド様」

「おや、サカキくん。急ぎの用事だね?」

 サカキは窓からヒラリと部屋に着地する。ロルドは察しがいい。

「はい、実は――」

 サカキは長内の素性と、戸籍の件を話した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「なるほど、秋津側は大変なことになってたんだねえ。わかりました。すぐ戸籍官を呼んで長内殿の身分を確定しましょう」

「ありがとうございます。このような夜更けに申し訳ありません」


「かまいませんよ、重要事項は24時間受付可能ですからね」

 その言い方にオボロ(故人・山吹の里の最強忍者だった)の面影を感じ、サカキにほろ苦い気持ちがわき上がる。


「それで、姫には何と言いましょうか、これ、やばいかも。姫はこういう陰謀がお嫌いですから、直情的に行動してしまう恐れがありますね」

「はい、そう思いまして姫のお耳に入る前にお知らせしようとこの時間になりました。姫には戸籍が出来上がってから……」


 そこまで言いかけて、サカキは悲鳴を上げた。

「うわあ!」

 忍者になってから声を出して驚いたのは初めてである。

 サカキの視線を追って、ロルドは振り返り、天井を見て悲鳴を上げた。

「ぎゃー!!」


 3ハロン(m)の高さの天井の隅に、イリアティナが寝巻姿のまま下向きで手足を突っ張って張り付いていたのである。

「見ぃーーーたーーーーなーーーーー!」

 イリアティナは目を光らせて言うと、くるりと一回転して床にスタッと降りた。

 鮮やかな身のこなしである。

「物の怪か?!」

 思わず失礼なことを言うサカキ。


 幸いその言葉は耳に入らなかったようだが、イリアティナは怒りのあまり顔を真っ赤にし、仁王立ちになって両手のこぶしを握っている。

「話は全部聞いた!私は紫藤を許さない!!」

「やっぱりだーー!」

 ロルドが叫ぶ。


「ロルド!宣戦布告!」

「姫、ダメです!」

 サカキも止めるが。


 そこへ。


「姫様、錫杖!」

 アカネが駆けつけてきて錫杖をイリアティナにぶん!、と投げる。

 イリアティナは無意識に手が伸び、パシッと受け取った。


 女皇は「ぐ、ぎぎ……」

 と、ものすごい顔でうなっている。


「姫の理性!がんばって!!」

 ロルドの応援が飛ぶ。


 女皇は、ドン!と錫杖の先を床に打ち付け

「……はしない!」


「「おー!」」

 と、サカキとロルド、アカネから歓声が上がった。

「危なかったー、姫、よくぞ堪えられました……」

 ロルドがへとへとになってねぎらった。


 サカキも緊張で額に汗がにじんでいる。

 国の最高立法機関・六合会が廃止されてからは、女皇の権力は歴史上最強になっており、彼女の一言で戦争すら始めることも可能なのである。


「アカネ、よくやった、あとでお前の好きな菓子おごってやる」

「やったあ!!」

 サカキの裏の繋ぎのアゲハとアキミヤも姿を隠したままほっと胸を撫でおろした。


「秋津へ戦争を仕掛けるデメリットはわかっておる。あれは武士の国だ。外国に攻め入られれば命を懸けて抵抗するだろう」

「その通りです。同国人にならともかく、外人に武士は降伏など選びますまい。殲滅戦はあまりにも悪手」


「光川との良好な関係も終いだ。……わかっている。わかってはいるが――怒りが収まらない」

 いつもは青い宝石のような瞳が、まるで青い炎のようだ。

 女皇は怒りにあふれていても美しいな、とサカキは思った。


「姫。報復の手段は戦争だけではありません。秋津に必要なのは全国統一。これがかなえば長内殿の問題も落ち着きます」

「……そうか。わかった。……エサを撒けばよいな?」

「さすが姫。まことにご慧眼です」

 ロルドはうれしそうだ。


「明日の早朝、フランツ大公へ使いを出せ。メイアの道を秋津の国境ぎりぎりまで伸ばす通達を出す」

「ナイスです!」

 ロルドは右手の親指をぴっ、と立てた。

「測量はできるだけ周囲にもわかるよう派手にして、秋津側にも通達せよ。『秋津を統一した派閥にメイアの道の使用権を与える』とな」


 サカキにはなぜそういう話になるのかわからない。ロルドがその様子を見て補足する。

「メイアの道は巨万の富を生み出します。実際、ローシェの財政をこの道がかなりの部分で支えています。しかし秋津には今までその道がなかった。その使用権を得られれば莫大な富が舞い込むことは秋津の藩主たちにもわかるはずです。その道を得るには全国統一しかない。いまさらお家騒動している場合ではない、と立花たちの内部でも気が付くはずです」


「そうか。今から新興勢力を立ち上げていては間に合わない。光川派と、紫藤派のどちらかについてその富の恩恵を受けることに集中する、ということか」

「そうです。それに、たとえ統一できなかった派閥であっても、鞍替えをすればチャンスはある、と思わせておくのが大切です」

「もちろん、統一していきなり道の機能をすべて開放するわけにはいかない。まずはフランツ領(ローシェ帝国領の中で一番秋津に近い)と秋津との通商からだ。急激な変化は秋津の経済に傷をつける可能性が高い。まずは2年間その状態から様子を見て5年、10年単位で機能を開放していく」

「さようですな」


 これが為政者たちの考えか。まるで天から国を俯瞰するような広い視点で、常に先を見据えて今の施策を考えているのだな、とサカキは感心する。

「本当なら全国統一が成ってから道のことを考えるつもりでしたが、ここまで紫藤のやり口が卑劣ならば、こちらも一歩踏み込んだ対応をしましょう。

 これは内政干渉ぎりぎりですが……まあセーフかな」


「私がセーフと言えばセーフだ」

 女皇が不敵に笑い、ロルドは苦笑する。

「御意」


 サカキは2人の判断に政治を司る者たちの心構えの片鱗を見たが、実際はさらに奥深いところでローシェ側からの恐ろしい干渉が行われていたことを後日知る。

 ローシェが「道を作り始める」ことは、秋津側にとっては「すでに全国統一の目途はついた」と思わせることになる。

 ローシェと光川が関係を持っていることは、一部の紫藤派にも知れている。


 その情報に危機感を持った紫藤派藩主たちの鞍替えが一気に加速し、中には途中で裏切るものが出ることになる。

 そして、それは光川派にとっても同様に大きなうねりをもたらすことになった。


 ただし、そのうねりは女皇とロルドの予想を超えて動いた。

 強い光が当たったところは影も濃くなるのだ。

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