第101話 大きなお友達

 ――夜香忍軍詰め所――


「で、サギリ、頼んでおいた件はどうなった?」

 サカキは受付にいるサギリに尋ねた。

 サギリは本来は忍軍一番隊副隊長なのだが、受付業務がすっかり気に入ったらしく、サカキも、そこなら危ない目にあっても人目があるからいいだろう、とヒムロに常駐許可をもらった。


 いつもの幸薄そうな顔でサギリは報告する。

「ああ、とりあえず調べてみたけど今生きているもので翁面を持っているのはいないみたい」


「どうやって調べた?」

「最初は『古い翁面を高額で買い取ります』って忍軍とドルミラ村(山吹と桔梗の里の生き残りたちの村)全員に通達を出したよ。薪能に使うからとか理由をつけて。


 だれも申し出がなかったから、今度は『実は翁面に恐ろしい毒がかけられていることがわかったので、持っているものはすみやかに提出せよ』ってね。それでもだれも来なかった。

 たぶんだけど、山吹と桔梗ではだれも受け取らなかったか、もしくは持ち主とともに焼失してしまったのかもしれないね」


「なるほど。それでもなお所持しているならすでに翁面に支配されている可能性があるな。わかった」

「白露にも同様の調査をサヤさんたちにやってもらったよ。あちらは自長目じちょうもく(透視能力)持ちのカイさんがいるから、視てもらったけどマト以外の翁面の持ち主はいなかったそう」


「ふむ、それはいいな。今度カイに来てもらおう。さすがに皇都中は視てもらえないだろうから、とりあえず忍軍関係の宿舎全部と村だな」

「じゃあ、カイさんにそのこと伝えておくね」

「助かる」


「……思ったんだけど……」

「うん?」

「翁面は全部で13あったんだよね」

「そうだ」

「そのうち、ボス格が『右』と『左』。残り11面……秋津の昔の貴族の所領は13に分かれてたよね」

「まだ貴族が秋津を支配していた250年以上前の話だな。だが、武士が台頭してきて貴族は閑職に追いやられた。今は武士に囲われ、秋津古来の文化や暦を記録し保存するだけの存在となっている」


「そう。ひょっとしたら翁面は貴族の時代に作られたものかもね。面の感知能力が1面につき1所領だとすると、だけど」

「……その考えはおもしろいな。もともと能が生まれたのがその時代、貴族のたしなみであった秋津舞が発達したものだ。しかし、本当に面の感知能力がそれだけ広いとなると……やつらの情報網が全国に及んでいる可能性があるか……」


「ありそうだよね。その面がいる地域でだれかが『翁衆』に来てほしいと言えばそいつが出向いてくる……」

「そう考えるとぞっとするな。白露のある桧垣ひがき藩にはウコンとサコンが来ていたから、桧垣藩に翁面は存在していて、必要とされる声を察知してやってきた、ということか……」


「桧垣藩は250年前は我らの松崎藩と合わせて1つの所領だった。そこは花山院かざんいんという有力な貴族が支配していた」

「よく知ってるな」

「えへへ、ちょっと調べてみたんだ。今はその右近次と左近次という強いあやかしが松崎城でがんばってるんでしょ?今は松崎城がやつらの根城ってわけだよね」

「……そうか、ひょっとして白露と山吹と桔梗がウツロと「右」「左」たちの勢力範囲と考えていいのか」

「そのせいかもしれないけど、山吹と桔梗はやつらにつぶされた。だけど白露は手つかずだね。なにか理由があるのか、それとも松崎城があればそれでよかったのか。うーん、さすがにそこはわかんないね」


「ああ。あと、ヒルがいたのは立花殿の所領だった校倉あぜくら藩か。そこはたしか――」

「呼んだ?」

 ひょこっとヒルが子供の姿で現れる。手にはやはり風車かざぐるまを持っていた。

 風車は、ヒルによると富姫からもらったもので大切にしているのだそうだ。

 なぜ50年経った今も新品同様なのかはヒルにもわからない、とのことだった。


「わわっ」

「こら、急に出てくるな」

「だいじょうぶだよ、ちゃんと人に見られないようにタイミングはかってるから!」

「そういう問題じゃないんだけどな、まあいいか」

 厄介なことに、ヒルの翁面が入った桐箱はコテージのフロントに預けてあるが、ヒルは自分の名が出てくるとそこへ瞬時に現れることができるという。


 しかも夜ならば実体化もできるらしい。今は昼なので見かけだけだが。


「おいら、新吉ちゃんがいたとこが何藩とかわかんない」

「だろうな」

「でも、翁衆に来てほしいってだれかが思えばわかるんだろう?」

「ん~無理!」

「「ええっ?」」


「おいらが翁衆とか今初めて聞いた。右や左のおいちゃんも『失敗した』って頭、じゃないやお面抱えてたしね」

「妖も後悔したりするんだ……」

「お前、8歳にしては幼いな」

「読み書きもなんもできなかったもん。生まれてからずっとおなかすいてるだけだった」


「そうか、それはつらかったな」

「今はもうぜんぜんへーき!生きてるときにやりたかったこといっぱいやれるし!《《大きなお友達》》もいっぱいできたし!」

「それはひょっとして」


「さぎりっちゃん!さかきっちゃん!」

 サカキとサギリは顔を見合わせた。

 ヒルの期待に満ちた顔を見ているとものすごく否定しにくい。

「そうだね、僕、大きなお友達なんだね、よろしくね」

 サギリが言うと。

「うん!」

 ヒルが元気よく返事し、それからチラリ、とサカキを見た。


 サカキの目が泳ぐ。

「あー、その……」


 サギリまで此の方を見て目で圧を加えてくる。

「……わかった、よろしくな……」

「「よろしくーー!!」」

 サカキは2人の圧に負けた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「君は昔から子供にモテたからなあ」

 とサギリがおもしろそうだ。サギリは26歳、サカキは21歳で5つも年齢が違うが小さいころからいっしょに育った幼馴染である。受付に人が増え始めたのでヒルは箱に戻っている。


「こんな愛想のない男に懐く心理がわからん」

「渋々ながら結局は遊んでやってるからでしょ」

「……」


「君、子供の笑顔が好きだよね?」

 言葉に詰まったサカキに、サギリは畳みかける。


「否定できん」

 サカキは苦笑した。

 子供が笑っているところを見ると、ああ、自分はまだ大丈夫だ、まだ闇に堕ちていない、と安心する。そして笑顔を守るためにまだ戦える。それが妖の子供であってもあまり違いはないな、とサカキは思い始めていた。

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