第95話 立花家の記録と新たな翁面

 ※登場人物補足:

 〇ベネゼル・ハーディング 28歳 上級白魔導士 髪:白 瞳:赤味を帯びた茶色 眉もまつ毛も白く、いわゆるアルビノで非常に端正な顔をしており、長くまっすぐな髪を金の輪で後ろにまとめている。丁寧な口調と物静かな佇まい。現在は正式にローシェ帝国白忍部隊白鷲隊隊長を務めている。


 ※白忍部隊:白魔導士でありながら訓練を受け忍者の動きもできるようになった者たちで構成される部隊。まだ数が少なく、現在は1部隊10数人程度で2部隊のみ。

 各国から重要視され、多くの間諜がローシェで探りを入れている。


 〇羽角正克はすみまさかつ 68歳 髪:白髪 瞳:薄い茶色 立花家の元家老 重要書物を持って秋津の小屋に潜んでいたが、サカキと立花春城に助けられた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「――それで、こちら側からも重要な報告が」

 サカキが話を切り出す。


 立花をここに呼んだのはほかでもない、翁衆の存在についてである。

 サギリが襲われたのが昨日。

 サカキは大至急ロルドに報告、ロルドは結節点を使い、立花たちを今日の会議に間に合わせた。


「立花殿は翁衆に教えを乞うたとき、なにか贈り物をもらってはいないか?」

「そういえば――訓練が終わり、彼らのうちの1人が別れの時に翁面を渡そうとしていた。『餞別代りに』と」

 サカキとロルドが驚く。


「『縁起物なのでぜひ』とも言っていましたな」

 数馬も肯定した。


「それで――お受け取りになったか?」

「いえ。我らは身分を隠し、秋津を出て外国へ行く流浪の身であるゆえに断った。

 秋津の物は身に着けておくべきではない、と判断し申した」

「それは……良き判断だったな」

「どういうことで……?」


「その面を付けると、妖に姿を写し取られ、よからぬ事を起こす。昨日まさにそういう出来事があった」

「「「なんと!」」」


 サカキは昨日の出来事を細部まですべて報告する。


「実態がない?」

「ケサギとムクロの話では、写しの姿は見た目は生きている人間そのものだった。瞬きも、呼吸も、体温まで感じられた。

 だが、右手首をつかんでも煙のように消え、刀で胴を薙いでも感触は一切なく、妖の苦無だけが実体でこちらに襲って来てケガも負った。その武器も自由に消えては現れたらしい」


「なんと面妖な」

「よくぞご無事で」

「だが、月牙で空中を斬ったらちょうどそこに翁面があったようで、二つに割れて落ちた後崩れて消えた。姿を写し取られたものは、面が割れたと同時に気を失ったが命に別状はなかった。今は様子を周りが見ているが、この先どうなるかはまだ……」


「ひとつ、よろしいか?」

 今まで沈黙していた羽角が口を開いた。

 腰がまがり、杖は突いているが声はしっかりしている。


「その面とは、このようなものではありませんでしたか?」

 羽角は手に持っていた風呂敷包みを開き、テーブルの上に乗せ桐の箱のふたを開けた。

 それはまさしく、サカキが割ったのと同じ趣の翁の面であった。


「ベネゼル」

「はい」

 サカキの呼びかけに、気配を消していた白髪赤目の白魔導士ベネゼルが姿を現し、武器障壁を消す。

 サカキが叫ぶ。

月牙げつが!」


 右手に大太刀が瞬間移動してくる。

 ロルドが「おおー」と声を上げた。前から見たかった飛んでくる大太刀を見て感動している。

「本当に、何もないところから飛んできた……」


 サカキは右手に大太刀を掴んだまましばらく動かずにいた。

「……反応がない。これはただの面だな?」

「そうです、これは『から』の面なので――ですが、手で直接触れないようにお願いいたします」

 羽角が落ち着いた声で言った。


「どういうことだ?」

「長くなりますが、最初からお話させていただいてもよろしいかな?」

「「ぜひ聞きたい」」

 全員の視線を浴びながら羽角は神妙な面持ちで話し始めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「立花家は、地方豪族であった80年も前から翁衆を記録しておりました。

 もともと初代様が秋津各地の不思議な事件の伝承や妖異の話、瑞獣の説話などを集めるのがご趣味で、我が羽角家がその記録係としての役目をはたしておりました。


 長年にわたって各地の数々の書物を集め、それらを羽角家の担当の者が目録を作り、また己が聞いた話を書物として残しておりましたが、18年前にそのほぼ全て消失してしまいました。ですが――」

「ですが?」


「すべてとは申せませぬが、ほとんどの内容はこの爺の頭に入っております」

 おお、と感嘆の声が周囲から漏れる。

 よくぞこの老人が生き残ってくれていたものだ、と立花もロルドも思った。


「そうか。某は18年前はまだ家督に就いておらなんだ。だからその書物群のことは知っていたが内容までは知らされていなかった……」

 立花が唸る。


「さよう。この書物は立花家の主のみに相伝されるものでございましたので。翁衆の書物によると、この『面』ですが、これは翁衆が互いの連絡を取るために各地の、適当な人物に贈っているようです」

「連絡……こんなものでとれるのか?」

 サカキは面を指さした。

「はい。書いてあることを信じれば、ですがこれを贈られた人物が、一度でも顔に付けると面が目覚め、離れていても思いがほかの面と通じるようになる、とのことです」


「目覚める……奇妙な表現だな。つまり、面は普段は寝ている、ということか」

 とサカキ。

「姿を写し取る、とかは?」

 ロルドが尋ねる。

「それは記述がございませんでした」


「ふむ。翁衆は必要とされればどこにでも現れる、とは聞いたが、その連絡の網を全国に張っていた、とすると合点がいくな」

 そう言うと女皇は右手を軽く握り、自分の顎に手を当てて考え込む。


「そして、もうひとつ。この面は父が幼い時に翁衆からもらったものですが、父は20年も前に亡くなり申した。亡くなる前に父から伝えられたのが『妖の者に是(はい)、と答えてはいけない。

 言いさえしなければ家にもにも入ってこられることはない』と。

 父が亡くなってからはこの面は所有者がいません。なので『空』と申し上げました」


「つまり、翁衆のものに贈り物をされても『否』と言えばその妖力は及ばない?」

「その通りです。本来、空になった面は翁衆が回収に来るらしいのですが、某は例の事件のあとしばらくフランツ大公国に身を潜めておりました。

 そののち、秋津に戻りましたが翁衆と思われる人物は来ることはありませんでした。

 これは私見でありますが、秋津の国以外では面は力が制限されるようなのです。


 そして、所有者がいなくなった面は、一度外国に持ち出せば、そのあと秋津に戻っても存在をかぎつけられることはないようです。なので、あのあばら小屋とは別の場所に隠してあったこの面を皆様にお渡ししようと思い、ここへお持ちいたしました」


「ほう、興味深いですな。秋津の国の妖怪の伝承には『妖が家に入れてくれ、と言っても家の主が入れ、と言わないかぎり入ることはできない』というのはかなり例の多い共通事項です。秋津の妖には秋津の、外国には外国の妖の縄張りがあるので勝手に移動できない、というのもけっこうあります。これもおとぎ話の域ですが……」

 ロルドも女皇と同じように顎に手を当てながら補足する。


「それにしても、よくそこまで詳しく翁面について説明できるものだな」

 サカキが感心している。


「……50年も前の話ですが、1つの翁面が羽角家の少女に懸想をし、その気を引くために自分たちの正体について多くのことを話したのです。それを記した書物が『富姫異聞とみひめいぶん』といいまして、富姫は当時13歳。幼くして病を得、その侍従が所有していた翁の面が彼女を哀れに思い、妖の特性について面白おかしくおとぎ話として伝えました。


 富姫はそれをすべて書き留めていました。15歳で亡くなりましたが、面の妖の話を聞くときは目を輝かせて話の先をねだった、と言います。某は、それはお伽話だと今まで思っておりました……」

 羽角は目を細めながら言った。


「……サヤの場合もそうだが、翁面たちは人間の女に懸想することがある……感情を持っているのか――」

 サカキが言うと。


「不気味な……」

 女皇は眉をひそめた。


「妖は……もとは人間だった、というのは本当でござろうか……」

 立花の疑問にロルドが答える。


「そう考えた方が彼らの行動も自然に思えるかもしれませんね。

 もとは人間だったものが、強い怨念にとらわれて異形のものに生まれ変わる。生きている人間でさえ魔法も異能も使えるのですから、元人間が変化したものにも使えるのは納得がいきます」


「ひょっとして、その翁面というのは……」

 立花がはっとして問うた。


「ご明察。まさに、その物語を語ったという面がこれでございます。

 そして、富姫の侍従がまだ幼い少年であったわが父、新吉でございます」

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