第94話 立花郎党の現在と女皇の思案

 全員が着席し、立花が報告する。


 立花郎党は光川家に一時預かりとなり、慶忠よしただの全国統一を目的として働く。

 今は200名ほどだが、最終的に700名を超える予定。

 将軍暗殺が濡れ衣だったことが全国に広まり、名乗りを上げるものが増えたのだ。


 立花家の復興は統一がある程度めどがついた時点になる。

 立花家の元の所領・校倉あぜくら藩が現在は紫藤派のものとなっていて、そこを光川派が取れたとしてもすでに光川の手の者に下げ渡すことが決まってしまっているので、立花の所領は松崎城を落として自分たちで得よ、と慶忠が命じたのである。


「松崎……」

 サカキの脳裏に懐かしい風景が浮かぶ。

 うっそうと木々が生い茂る里山や小鮒の泳ぐ小川。かつて自分が21年間暮らしていた小さな家があり、供に育ち、遊び、修行をした仲間が眠っているところ。山吹の里の情景は今もそこにあるかのようにはっきりと浮かぶ。


「そこで相談なのでござるが」

 と立花は続ける。


 立花は脇坂泰時を落とし、松崎城を取るつもりであること。そのあとの松崎藩において、夜香忍軍の立場をどうすればよいか、とのことだった。これは、戦を仕掛けるにおいて重要な決め事であった。

 立花は、サカキたちの意向を第一に尊重すると。しかし、夜香忍軍はローシェ帝国軍に属しているので女皇に意見を聞きたいと。


「ふむ。泰時に妻や兄弟、子は?」

 女皇が尋ねる。


「おりませぬ」

「つまり、彼を倒せば脇坂家は断絶となるな?」

「いかにも」


「サカキ。どう思う?」

 女皇の問いに珍しくサカキは迷ってから答えた。

「ひとつ……断絶は致し方なしとして、前城主・脇坂幸保様のご側室様の安全は確保していただきたい」


 幸保の側室、カナエはサカキを含め山吹忍軍になにかと心を砕いた人物である。

 年は37歳。松崎藩ゆかりの寺で尼として静かに暮らしている。二十歳で上忍になったサカキに篠笛を送った人物でもある。


「しかと承った」

 立花がうなずく。


「ふたつ。夜香忍軍はローシェ軍に所属する。それは変わりない。だが――小分団を作って山吹の里に常駐することは可能だろうか」

 サカキはとりあえず浮かんだ考えを述べてみた。難しい政治のことはサカキにはわからない。

 このような形式は例がないので女皇の意見を聞いてみる。


 珍しく、女皇も右手の人指し指の先をあごにあてて考え込んだ。

「――それは、光川殿にも難しい問題だと思う。小さいとは言え、他国の分軍が己の所領にいるのは、その主が立花殿であろうと、悪しき繋がりを疑うものが内外に出てこよう。全国統一半ばの、藩主同士のつながりが盤石でないうちはそれは避けるべきである」


「たしかに……」

 サカキは目を伏せた。やはりまだ帰れないか……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 女皇は顔にこそ出さなかったが、本当は愛する人サカキの願いならすべて叶えたい。

 なんなら立花より先に攻め入って強引に松崎藩を手中に収めることも、やろうと思えばできる。

 幸い松崎藩は国境に位置するし……と、不穏な考えを巡らせていると。


「そうですね。ではこうしましょうか」

 何か感じるものがあったのか、ロルドが助け舟をだす。


「以前、サカキ君から聞きましたが、山吹の里には隠し温泉がありましたね。源泉かけ流しの、けっこう広い」

「はい。里には3か所の温泉があり、上方から上忍の湯、中忍の湯、下忍の湯という名前がついており、山吹の忍者は毎日のように温泉につかっておりました」

「それは……すばらしい」

 立花が笑みを見せる。秋津人は温泉が大好きである。


「その温泉の一部を、観光と保養のために使わせていただきたい。もちろん、利用するのはです。里の内外に一般公開していただければ問題はないかと」

 サカキは驚いた。山吹が忍者の里であるときは考えもしなかったことだ。


「さすがはロルド。温泉の入浴料を有料にすれば松崎藩の実入りもよくなろう。そういう目的であれば光川殿も否とは言うまい」

 女皇も賛成した。


「それはよき案かと。持ち帰り、光川様にご進言申そう」

 立花の声も明るい。

 サカキの瞳に光が灯る。里に帰れる……のか。


「私も温泉にはぜひ入りたい。そのためには支援は惜しまぬ」

 女皇は太陽のようなきらびやかな笑みを立花に見せた。

「ありがとうございます。女皇陛下のご意志に沿えるよう、身命を賭して達成することお誓い申し上げます」

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