第92話 白露忍軍の上忍たちとスペシャル幕の内弁当
全員が驚いた。
「……白露と夜香の上忍全員がここに集まったとは」
さすがにサカキも目を丸くする。
「いやあ、奇跡的だな」
ヒムロも同意する。同じ忍軍の上忍が全員集まることも稀だが、他忍軍の上忍も全員となると、恐らく山吹忍軍(夜香忍軍の前身)ができてから初めてのことだろう。
「あら、タキ、カイ、あなたたちも来るなんて――」
タキは茶髪に黄色味のある茶色の目、ゴツい顔付の上に常に眉間にしわが寄っているので怒っているように見える風貌だが、内面は穏やかで優しいと評判の上忍である。
「以前にお会いした方もおられますが、お初の方もおられますな。私はタキ。白露の上の参です」
カイは両目を覆うように白い布を巻いていて髪は白に近い銀色、鼻筋と口元はかなりの美形である。
「同じく上の弐のカイ、と申します。両目はこの通り見えませんが、幸い自長目(じちょうもく)という異能を持っておりまして、気配で視ることができます。どうかお見知りおきを」
どちらも年齢は30歳。彼らと夜香の上忍は戦場で会ったことはなく、もし会っていればどちらかが死亡している可能性があるほどの手練れたちだった。
自長目――、確か服の中に隠した武器も、壁の向こうも視える能力だったか。
戦闘になればなかなかやっかいな能力だな、とサカキは思った。
そのサカキの気配をくみ取ったのか、カイはサカキの方を向いて口元でほほ笑んだ。
(なるほど、
「丁寧なごあいさつ痛み入る。こちらは――」
サカキは苦笑して夜香側の上忍を紹介した。
「それで、今日お伺いしたのはほかでもない、うちのサヤがそちらに大変ご迷惑をおかけしてしまいましたお詫びを、と」
「え、ちょっと、タキ!それは私から謝っておくし!」
「だめですよ、ここまで大事になってしまったら我々全体の責任です」
「それは、そうだけど……そうなのかな」
サヤは不満そうだ。
「サヤ様は独断専行が多い方でね。我々2人に事後報告が多すぎます。
で、今回の騒動もまだよく把握できていません。よかったらお教えねがえますか?」
タキは怒っているとしか思えない顔で穏やかに話すので認識が混乱しそうである。
「俺もそういえば全体は聞いていないな」
ヒムロもうなずいた。彼はロルドの下で夜香忍軍と騎士団との合同作戦の打ち合わせで忙しかった。
「承知した」
サカキが最初から説明した。
15人に初歩の訓練を施したこと。アヤセが上忍になる決心をしたこと。マトが倒れたこと、それに翁面のことも隠さずに話をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「翁面……まさか翁衆が噛んでいたとは」
タキとカイが驚いている。
「3年前に接触した後は?」
サカキが問うとカイが答えた。
「そのあとは音沙汰なしです。周囲の里や藩でも聞きませんね」
「ひそかに翁面を持っているものがいたら、注意するよう言ったほうがいいな。
壊せるかどうかはわからないができるなら壊した方がよさそうだ」
「そのように申し渡しておきましょう」
「とにかく、サヤの件はこれで解決した、ということでいいのでしょうか?」
タキの問いに。
「「なのかな?」」
と全員がサヤの方を見る。
サヤはすました顔でサギリの隣にぴったりくっついて正座している。サギリの顔が赤い。
2人を見てタキとカイが「あちゃー」という顔をした。恋愛は自由だが、この先いろいろ問題になりそうだ。
その隣でヒカゲはヒムロの後ろにくっついていた。
「僕……もう戻っていい?」
とこっそりヒムロに聞いていた。
「ああ、いいぞ」
とヒムロが言ってくれたので、ヒカゲは明らかにほっとした顔になっていた。
まるで親を見つけた迷子みたいだな、とサカキは思った。
「とりあえす、マトの動向はしばらく注意しておきます。それから、15人分の訓練の料金、受付にお支払いしておきますので」
タキが言うと。
「俺の名を出せば団体割引が効くので受付に言うといい」
ヒムロが促した。
(それは知らなかったな)
とサカキは苦笑する。
忍軍詰め所と訓練所は王城の外、広い丘陵地の一角にあり、そこからはドルミラ村(山吹と桔梗の里の生き残りの人々が仮住まいしている村)に近いのでヒムロが取り仕切っていた。
ヒムロとヒカゲはコテージではなくドルミラに一軒家を借りて2人で住んでいる。
「「ありがとうございます」」
「それと――」
カイが居住まいを正して言った。
「今回の夜香忍軍様方の多大なるご尽力に感謝申し上げるとともに、我らが桧垣藩藩主
「それは――大丈夫なのか?」
サカキと、夜香側の上忍たちがざわつく。
城主から求められない限り、忍軍側から主に意見を言うのは滅多にないことだ。
そのせいで関係が悪くなれば、下手をすれば忍軍が解散させられることもある。
「そのへんは大丈夫だと思うわよ」
サヤがケロリとした顔で言った。
「時任様はサヤ様にメロメロですので」
カイが続けた。
「そ、そうか……」
サヤはなかなかのやり手だった。
敵が減るのはいいことだが……
おそらく、この先もこちらの訓練所を利用するつもりだろうな、とサカキは顔の表情は変えずに心の中で苦笑した。
その気配を察知してカイが申し訳なさそうにサカキに向かって頭を下げた。
頃合いを見てヒムロが立ち上がる。
「さて、もう、戌(いぬ)5ツ(20時)だ、みなさん食事はまだでしょう?
コテージ職員が「スペシャル幕の内弁当」というちょっと豪華な弁当を開発したというので注文してこようと思うのですがよろしいか?」
「「「えっいいんですか?」」」
白露上忍3人が目を輝かせる。
「せっかく上忍がこれだけ揃っているのですから。これからは同じ陣営になる可能性も高いですし、会食で親交を深めませんか?
サギリ、君も遠慮せず。あ、ここは酒はダメなので出せませんが」
「やったー!ありがとうございます」
サギリが両手を挙げて喜ぶ。
「「さすがヒムロだ……」」
サカキ、ケサギ、ムクロ、ヒカゲは、もしもヒムロがいなかったら自分たちは空腹で倒れるまで気が付かないんじゃないかと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんなに手の込んだ食事が摂れたのは数か月ぶりだ……」
「めっちゃおいしい!死ぬほどおいしい!」
「……泣きそうです」
と、タキ、サヤ、カイが涙を流さんばかりに感激している。
((白露の上忍は大変だな……))
彼ら1人で50人ずつ訓練や細かな世話を担当しているそうである。
白露忍軍は全部で200余名。残りの50人は持ち回りで見ているのでどうしても訓練不足になるという。
キャパを大きく上回る忍者を抱えることになった理由は、去年の桔梗の里襲撃の生き残りの忍者20人を受け入れたことと、白露がローシェでいうところの孤児院の役割を果たしているからであった。
戦で親を亡くした子供や、農村の貧しい家から「奴隷に売られるか、忍者の里へ行くか」の二択を迫られて仕方なく忍者を選んだ者たちの行先が白露の里だったのである。
秋津の国の戦乱が収まらない限り、こういう者たちは増えるばかりだろう。
(……せめて今はゆっくり食え)
とサカキは悟られないようにそっと願った。
スペシャル幕の内弁当は両陣営に大好評だった。
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